「BMW i3」は2011年にコンセプトモデルが発表され、同年の第42回東京モーターショーでも我々クルマ好きの注目を浴びた1台だ。当時「市販前提」とアナウンスされていたものの、今までにないようなスタイリングの自動車が本当に発売されるのだろうか?と懐疑的に感じたことを思い出す。
今日は目の前にその「i3」の市販版がいる。
それも、コンセプトモデルとほぼスタイリングは変わっていない。そして、幸運にもこの「i3」を私自らがステアリングを握り、公道を走れるというチャンスを得た。
電気自動車(EV)は日本ではすでに「三菱 i-MiEV」や「日産 リーフ」などが市販化されているが、航続距離がこれまでのガソリン車に比べると物足りないということもあり、さほど普及していないのが正直なところである。また、実際にデザインや操作系などが普通のガソリン車とさほど変わらないということもあり、“特別感”を感じられないのもこの2車のウィークポイントかもしれない。
それでは、早速乗り込もう。
この「i3」は見た目の個性はもちろんのこと、ドアを開けてシートへかけてもこれまでになかったような様々な新しい操作系やデザインをまとっている。「これが未来のクルマか!」という気持ちを抱くはずだ。この日同時に試乗した「フォルクスワーゲン e-up!」はガソリン車の「up!」とほぼ同様の操作系であり、対極といえる。
ドアは観音開き型の4枚ドア。後席への乗降性は良いが、後席に乗る際は前のドアを開けないと乗ることができない。狭い場所で後席に乗りたい時には少し不便に感じるだろう。
ヒップポイントはこれまでのBMWのセダンなどとは異なり、高めの位置だ。高齢の方でも乗り降りがしやすいと言えるだろう。
i3の起動スイッチ(エンジンスタートではないため、あえて“起動”とした)やシフトポジション操作などの操作系は従来のクルマとは場所や操作方法が少し異なる。しかし、ワケがわからないほどのものではないのですぐに慣れるだろう。シフトポジション操作は国産車でいう、方向指示器についたライトを点灯させるようなしぐさ(とはいえ、方向指示器よりももっと太いもの)をしてシフトをセレクトする。その太いシフトセレクターの付け根のあたりに「システム起動スイッチ(ガソリン車で言うならエンジンスタートボタン)」がレイアウトされている。
インパネなどを見ると、「プレミアムブランド」ではこれまで考えられなかったような、カタログによると“天然繊維”の飾り気ない部品が使われていたりする。試乗車にはオプションの「ユーカリ・ウッド」のパネルが採用されており、これまでにあまり見たことのない印象のインテリアを味わうことができた。そして、目の前には液晶パネルのスピードメーター、
中央には近頃のBMW車同様に、大きいディスプレイ
が用意されている。
これは「iDrive」と呼ばれるセンターコンソールにあるダイヤルで、ナビゲーションや車両情報など操作することが可能だ。
電気モーターはほんの小さな回転(i3の場合はわずか100回転/分)から最大トルクを発生させるという特性がある。電気自動車は皆そうだが、発進加速性能はガソリン車では味わえない力強さ感を感じることができる。無音で、変速機もないためシームレスにグイグイと加速していく様は、電気自動車でしか味わえないフィーリングだ。
最高出力は125kW(170ps)/5,200rpm、最大トルク250Nm(25.5kgm)/100~4,800rpmというスペックをもつ。レンジ・エクステンダーなしの純粋なEVモデルでの一充電走行距離は、JC08モード(国土交通省審査値)で229kmである。
私はこれまでに純粋なEV車としては「三菱 i-MiEV」「日産 リーフ」「テスラ モデルS」と試乗したが、これらすべてガソリン車でいう“クリープ現象”が存在した。しかし、この「i3」はクリープ現象がない。だから、アクセルを踏まなければ発進しないわけだ。
一方で、走行中にアクセルを離すと大変強いブレーキがかかる。これは電気自動車特有の「回生ブレーキ」であり、このi3は回生ブレーキにより電気をチャージしようと強い回生ブレーキが効くようになっているようだ。
驚かされたのは試乗中の大半がブレーキペダルなしで走行できてしまったことである。最初はアクセルを離すと、あまりにブレーキが効き、驚くが、しかし慣れてしまうと、この「1ペダル」での操作がなかなか楽しく、操作もしやすいように感じた。
しかしブレーキペダルを踏まないとブレーキランプがつかないのではないかと、心配される方もいるだろう。実際の目で確認しているわけではないが、ある一定のGがかかった場合はブレーキランプも自動で点灯するそうだ。
今回の試乗車は「レンジ・エクステンダー装備車」だった。例え電気が“カラ”(=バッテリーがゼロ)になっても、発電用のエンジンで発電することにより、航続距離を延ばすことができるというものである。今回試乗中にはエンジンが始動することはなかったが、航続距離が心配の電気自動車にとって、このレンジ・エクステンダー仕様は魅力的なものだ。
さらに、驚かされたのは「ACC(アクティブ・クルーズ・コントロール)」だ。近頃では多くのクルマにも採用されるようになったが、前から常にレーダーをだし、自車がクルーズコントロールをセットした状態であれば、前車との車間距離を保ち、前車に追従する。前車が停止すれば、自車も滑らかに停止するという、いわば“半自動運転”のような機能である。
この機能が極めて滑らかにブレーキも作動し、本当に運転のうまいドライバーのクルマに乗っているようなフィーリングであるのに感心した。これはドライバーの疲労軽減に非常に有効であろう。ただ、これに完全に頼ってしまってはいけない。あくまでもヒューマンエラーをカバーするものという考えを忘れてはならない。
ボディには一般的なスチールやアルミといった金属ではなく、カーボンファイバー強化樹脂が使用されている。アルミニウムより30%軽量でありながら、高い強度を持つという素材だ。車両重量は1,390kgということもあり、軽快に走る。
さらに、驚かされたのはその乗り味だ。床下にバッテリーが搭載されているためか、なんとも上質な気持ちのいい乗り味を提供してくれる。西湘バイパスの道路の継ぎ目を超えてもほとんどショックは感じられない。
そして、ハンドリングが楽しい電気自動車であるということも実にユニークだ。ステアリングの効きはいかにもBMWらしく非常にクイック。ハンドリングの楽しいクルマだ。ただ、全高が高めということもあり、少しロールは大きめだが、問題になるわけではない。
電気自動車はエンジンの音がしないため、他の音が気になるのが避けられないところである。しかしこのi3はロードノイズがよく抑えられていた。前輪が155、後輪が175という細いタイヤを履いているのが効果を呼んでいるのかもしれない。
その代わり、気になった音は風切音。オーディオやラジオを聞いていれば、また印象は変わってくるかもしれない。
価格は今回試乗したレンジ・エクステンダー仕様で546万円、純粋な電気自動車仕様で499万円。国から補助金が出るとはいえ、このサイズとセグメントから考えると価格が少し高いと思ってしまうのも正直なところだ。しかし、装備の充実度合いやボディにカーボンファイバー強化樹脂を採用しているあたりなど、お金がかかっていることも理解できる。ただ、現時点では誰もが買える、もしくは多少無理してでも買えるとは言いにくい。仮にi3が400万円を下回ったとなると、かなり魅力的に感じる方も多いだろう。「日産 リーフ」も発売後、毎年のように値下げが行なわれているが、この「i3」ももう少し価格が下がることで、一気にすそ野が広がることを期待したい。
BMW i3(レンジ・エクステンダー装備車)
主要諸元
全長×全幅×全高:4,010×1,775×1,550mm
車両重量:1,390kg
電気モーター種類:交流同期電動機
定格出力:75.0
最高出力:125kw(170ps)/5,200rpm
最大トルク:250Nm(25.5kgm)/100-4,800rpm
駆動用バッテリー種類:リチウムイオン電池
発電用エンジン種類:直列2気筒DOHC
排気量:647cc
最高出力:28kw(38ps)/5,000rpm
最大トルク:56Nm(5.7kgm)/4,500rpm
メーカー希望小売価格:546万円(消費税込み)
BMW公式サイト:http://www.bmw.co.jp