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春先に、「FLATOUTの歌ができました。」とお知らせした後、4月29日のamicheイベントに向けて邁進し、気がつけば、梅雨が間近。本日ようやく、予告していました、楽曲制作者(AIと共作)で、Abarth 695 Competizione のオーナーであるpelikan noirさんへのインタビューをお届けします。

実際の曲を聴きながら、読んでいただくのも一興かと思います。
試聴はこちら(Youtubeにリンクします)

─────────

映画の中を走るように。
WE WERE YOUNG(FLAT OUT)

Interviewee:Abarth 695 Competizione Owner pelikan noir
Interviewer:Yamashita(FLATOUT staff)

introduction

Abarthに乗る理由を、「速いから」「コンパクトだから」「刺激的だから」
そんな言葉で説明することもできる。

けれど本当は、もう少し厄介で、もう少し遠回りな理由だ。

それはたぶん、Life is a journey, not a destination
目的地ではなく、そこへ至る“過程”そのものを楽しみたい、という気分に近い。

・・・・・・・・・

──FLATOUTの歌を作りました、とお聞きしたときに、いくつかの楽曲イメージが浮かんだのですが、いざ曲が流れ始めたら意外や意外。この歌はどんないきさつで生まれたのでしょう。

pelikan noir:FLATOUT(アクセルベタ踏みの意)とABARTHのイメージから、ある映画のシーンが浮かんできたんです。

モンテカルロ・ラリーを終えた男が、アンヌ(アヌーク・エーメ)を求めてモナコからパリ、そしてドーヴィルへ。ただ走り続ける車と、すごいスピードで流れ去る景色。

そう、フランス映画『男と女』のワンシーンです。

モノクロームの疾走感と、『さらば青春の光』をも彷彿とさせる若さゆえの衝動。

自分の記憶にも重なる、そんなあの頃を振り返って知るのは、速く走ることが目的ではなく、どこに着くかも、実はあまり重要じゃない。ただ、走っている“途中”がすべてだった、ということ。

── 確かに、『男と女』はロマンチックな映画ではあるけれど、終始、二人の距離が近くなったり離れたり、もどかしい逡巡があり、きっと上手くいくんだろうなと期待を持たせつつ、二人の着地点は描かれない。言わば、“途中”を描いた作品といえるかもしれませんね。

pelikan noir:効率よく答えを求めるより、その途中の景色を深く味わうほうが人生豊かな気がするんです。歌詞に、リストアしたアバルトを、“またリストアが必要になるほどエンジンを回せ” という箇所があります。せっかくリストアしたのだから、普通だったらその状態を維持したいと思うはず。でもABARTHなら、それも正しい。走るために直し、また走るために直す。効率と対極にあるものだから、そこに物語が生まれる。

例えば・・・

ボールペンより、万年筆
デジカメより、フィルムカメラ
メールより、手紙
オートマより、マニュアル

少し不便で、少し面倒で、でも確実に“自分が関わっている”感触が残るもの。僕は、便利で無駄のないものより、そういうものに惹かれるんです。

── それでしたら、歌詞にEcritoire(エクリトワール:フランス語で文房具箱、筆箱の意)が出てくるのもうなずけます。

pelikan noir:歌詞にはこんなシーンも出てきます。

郊外の夕暮れ、助手席のEcritoire
B&Bで、シャワーを浴びて、丸太のようにベッドに沈む

朝はお手製のスコーンを頬張りながら、
助手席からEcritoireを拾い上げ、手紙を書く。

WE WERE YOUNG(FLAT OUT)の旅についてくるのは、エンジンの音と、紙を擦るペン先の音。そして、サビで繰り返される言葉があります。

若かった─

無敵だったわけじゃない。ただ、怖いと思わなかった。地図も未来も知らずに、走ること自体が楽しかった、あの頃。

今はもう、同じようには走れない。でも、ABARTHのキーを回すと、その感覚が一瞬だけ戻ってくる。それで十分。

Fin

─────────

インタビューを終えて。

いつも誰よりもお元気で、「あの頃」を振り返る間もなく人生をFLATOUTで楽しんでいらっしゃる印象のpelikan noirさん。しかし、それゆえ、「あの頃」を懐かしむようなWE WERE YOUNG(FLAT OUT)が深く響いてきます。

インタビューの中に、『さらば青春の光』の話が少し出てきましたが、後日、『さらば青春の光』についてのコメントが届いたので、そのまま引用させていただきます。

原題はQuadrophenia
四重人格です。
音楽はTHE WHOです。

若さ・アイデンティティ・階級社会の圧力を、音楽とファッションに託して描いた“青春の終わりの物語”です。誰しもが持つ矛盾の集合体。音楽も四重構造で感情を揺さぶります。効率よりプロセス、結果より走っていた時間の尊さ。「旅は目的地ではない」という感覚を、最も残酷に、最も美しく示した一本です。これらの背景からFLATOUTを聴いて下さい。

「人生も、クルマも、ゴールよりプロセスがおもしろい」と言うpelikan noirさん、今日は、ABARTHでどこを走っていらっしゃるのでしょう。

最後に、WERE YOUNG(FLAT OUT)の歌詞(和訳)を記して終わりにいたします。

 

Anouk Aimée を追いかけていた
モナコからパリへ、そしてドーヴィルへ
まるで夜を焼き尽くす映画のように
アクセルを踏み込み、留まる場所もなく

ブライトンの灯りからロンドンの雨へ
夜明け前のインヴァネスまで走った
レストアしたアバルトが叫ぶように唸る
まるで壊れてしまいたがっているみたいに

エンジンを回し、息をさせる
低く深く流れる The Who
四つの声が頭の中を巡り
昼の光が消えていく

Chorus(日本語)

若かった
速すぎた時間の中で
地図も未来も知らずに
ただ走っていた
若かった

Verse 2

夜が更けた頃、小さなB&B
鏡に曇る湯気、まだ震える手
倒れ込むようにベッドへ沈み
静けさに身を委ねていく

朝になれば焼きたてのスコーン
温かな手、待っている新聞
助手席からそれを手に取る
古いエクリトワール、まだ信じている

Bridge

どの道も今は静かだけれど
あの頃は終わりがないように感じていた
もしもう一度キーを回せるなら
再び夜にすべてを委ねるだろう

Chorus(日本語・繰り返し)

若かった
何も怖くなかった
失うものなんてなくて
ただ夢中だった
若かった

Outro

エンジンは眠り
道はもう消えた
それでも時々、深夜になると
まだ呼ばれている気がする
僕たちは若かった

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