みなさんこんにちは。
いかがお過ごしですか?
今日は晴天で気持ちがいいですね♪
さて、今日は、「私にとってのクルマ」について語りたいと思います。
かなり長くなりそうなので何回かに分けて書こうと思います(笑)
長すぎると読むのが大変でしょう?(苦笑
それではイッテミヨウ!!
● 私にとってのクルマ ●
『私はクルマがキライだった』
私は幼い頃は激しい車酔いに悩まされて、辛い思いをしていたのでクルマが嫌いでした。意外と思われるでしょうが、クルマに全く興味がないだけでなく、ただの移動手段としか思えなかったのです。
父はアウトドア派で、友人たちとヨットに乗るために、良く家族で海へ出かけていました。当時、父はトヨタのクラウンに乗っていて、ヨットを屋根に括りつけてピクニック気分でワイワイお喋りしながらドライブしていたのですが、乗ってからものの5分で気分が悪くなり、何度クルマを停めて休んだことか…
クルマにはビニール袋を常備していたほどです。
しかも、スピード恐怖症だった私は、高速道路を走るのが怖くて何度も「怖いから止めて!!」と泣き叫んだこともありました。
酔い止めを飲んで、いかに早く寝るか!これに賭けていました(苦笑
おかげで、今でも助手席に乗ると即効で寝てしまいます…でも、後ろの席に乗ると不思議と起きているんですよ。なぜでしょう??
クルマ酔いは、物心付いた頃から中学生の頃まで酷く、徐々に慣れてきたものの、大学の頃もバスやサスペンションの柔らかいクルマの後部座席に座ると気分が悪くなっていました。クルマ酔いが治ったのは、自分でクルマを運転するようになってからのことです。かれこれ、20年ほどクルマ酔いに悩まされていたわけです。
ヨットやクルーザーに乗ってもすぐに酔ってしまって、「風を感じて気持ちが良い♪」なんて格好のいい言葉ひとつ出てきませんでした。
母たちが浮き輪に乗せてくれて波打ち際でチャプチャプ♪と揺らして喜ばせてくれたのですが、これまた酔うし、海の下が見えないのが怖くて、藻が足に触れると、泣き叫んでいました。
何と手のかかる子だったのでしょう…
でも、不思議と楽しい思い出ばかりが蘇ってきます。車酔いが激しかったことなんて、こうしてクルマ好きになったルーツを探るまで思い出さなかったほどです。
家族で一緒に出かけられるという喜びは、クルマ酔いの辛さと比べ物にならないほど嬉しいことでしたし、それを感じさせないほど、父は旅行の楽しさをたくさん教えてくれました。白浜・琵琶湖・淡路島・鳥羽・東京・箱根・修善寺・・・他にも様々な所へ連れて行ってくれた父にはとても感謝しています。
こんなにクルマと相性の悪い私が、クルマを愛し、日本国中愛車と共に走り回る人になるなんて、誰が想像出来たでしょうか。自分でも不思議です(笑)
それは、恐らくこうして、旅をすることの楽しさを肌で感じさせてくれたからなのでしょう。
では、私がクルマに興味を示したのはいつから、どのようにしてなのでしょうか?
それは次回にお話することにしましょう。
それでは、今日も安全運転で♪