文 大矢アキオ ロレンツォ Akio Lorenzo OYA 写真 Akio Lorenzo OYA, Stellantis

企画展「スパイダーはアルファ・ロメオ」会場で。
2026年はアルファ・ロメオ・スパイダー“デュエット”の誕生60周年である。それを記念して、ブランドゆかりの地・ミラノ郊外アレーゼのアルファ・ロメオ博物館では企画展示が行われている。タイトルは「スパイダーはアルファ・ロメオ Spider è Alfa Romeo」だ。

企画展示は博物館の開館50周年の一環でもある。
■始まりは“イカの骨”から
展示スペースは入場ゲートを入った直後の小さな一角だが、会期を4期に分け、そのたびに展示車を入れ替えている。具体的には、その後部形状から“イカの骨 Osso di seppia”と呼ばれた1966年の初期型、まさにそのテールを改変した1969年のコーダ・トロンカ、新意匠の前部バンパーとともに当時の潮流であった樹脂製スポイラーを与えられた1983年以降の通称“アエロディナミカ(空力)”、そして1990年の最終型、という流れだ。

すでに展示を終了した初期型展示期間の光景。 (photo : Stellantis)


これは常設展示の1600スパイダー“デュエット”。2本通ったキャラクターラインが後部に向かって下降する。そのさまは、ほぼ同時期にピニンファリーナがデザインした410型ブルーバードとの近似性を感じさせる。
各モデルの歴史についてはさまざまなメディアで語り尽くされているので、今回は繰り返さない。代わりに会場の展示物や解説から興味深いものをお伝えしよう。

初代やコーダ・トロンカのファクトリー・フォト、さらに5段変速機の各段における回転数/速度相関チャートが並ぶ。(photo : Stellantis)

歴代の取扱説明書やカタログの表紙も、来館者の目を楽しませてくれる。(photo : Stellantis)
多くの人が知るとおり、デュエット Duetto(よりイタリア語に近く発音すればドゥエット)とは二重奏、またはソプラノとテノールの二重唱を意味する。アルファ・ロメオの歴史資料などが示すように、その名称は1966年ジュネーブ・モーターショーを機に開始された公募で選ばれたものだった。今回、展示スペースの一角には、実際に使われた応募用紙が拡大掲示されている。文字を読むと、「名前を与えてあげてください。それは有名になるでしょう」「応募には記入のうえ、ハガキを切り離し、切手貼付のうえ投函してください」と記されている。

車名募集の応募ハガキが拡大掲示されている。
だが、実際には予期せぬ展開となった。先にDuettoを商標登録していた著名菓子製造会社「パヴェージ」から、自社製おやつ菓子と同名であると異議を申し立てられたのだ。結果として実車は単に「1600スパイダー」として発売されることになった。今日でも“デュエット”とダブルクォーテーション付きで記されるのは、正式名称ではなく愛称であるためだ。
ガラスケースに展示された資料も一見の価値がある。たとえばあるイタリアの雑誌には、スパイダーを一躍有名にした1967年のダスティン・ホフマン主演映画『卒業』の車両撮影風景が掲載されている。

アルファ・ロメオ・スパイダーが映画『卒業』で劇中車となったことを報じた雑誌。
さらに、モーターショーにおけるアルファ・ロメオ・スタンドを検討する際に描かれたと思われる洒落たイラストレーションもある。いずれも、当時は産業復興公社(IRI)という公営組織の傘下にあった企業としては、あまりに華やかな軌跡といえる。

1973年ロンドン・モーターショーにおけるアルファ・ロメオ・スタンドのイメージ図。

別のスタンドをイメージしたイラストレーション。「アルフェッタ」「モントリオール」の向こうにスパイダーが見える。
■詩人も惚れ込んだ
ところでアルファ・ロメオ・スパイダーを語るとき、初期型を至上とする愛好家もみられる。しかし、時代の潮流を採り入れながら変化を重ねてきたからこそ、“おじいちゃんのクルマ”とならずに、1994年まで28年にわたって生き延びたのである。

以下は2026年7月、「コーダ・トロンカ」期の展示車。1971年2000スパイダー・ヴェローチェ(ジャンニ・レオポルド・ストッコ蔵)。


1973年スパイダー1300ジュニア(エットレ・ガリアルディ蔵)。
今日、保安基準や環境対策など、自動車を取り巻く環境は過去と比較にならない速度で変化している。アルファ・ロメオ・スパイダーのようにひとつのモデルを長期にわたって作り続けることは、けっして簡単ではない。しかしながら、「モデルチェンジのためのモデルチェンジ」を繰り返しもはや何代目かわからなくなってしまったクルマが溢れる中で、根強いファン層を育ててゆくための、ひとつの手本がここにあるのではないか。
最後にふたたび“デュエット”に話を戻せば、取り下げられた車名が、愛称として60年にわたり親しまれている。その理由を示すヒントは、20世紀イタリアの詩人で、車名選考時の審査員も務めたレオナルド・シニスガッリの言葉にある。
「Duetto。発音も綴りも明瞭な言葉。この『d』と『t』だけで、すでに美しく洗練された名前だ。(中略)つまり、この自動車は優雅さと力強さのハーモニーを生み出すと同時に、おそらくはカップル、すなわちクルマを運転する人とそのパートナーのハーモニーをも生み出す」
2人乗りとしての秀逸なデザインと、美しいネーミングの幸福な結婚。それが、このクルマを名車にした。だからこそ今も、企画展タイトルさながらに「スパイダーといえばアルファ・ロメオ」と言うイタリア人が絶えないのである。

1981年スパイダー1600(ライモンド・グラツィオーリ蔵)。スパイダーは、デザインのみならず車体製造も担当したピニンファリーナ社にも大きな利益をもたらした。