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独特の目線でイタリア・フランスに関する出来事、物事を綴る人気コーナー
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大矢アキオ Akio Lorenzo OYA 
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター

イタリアでは2019年4月から最低生活保障(ベーシックインカム)が一部導入されることになった。所得が限られた人を対象に月額780ユーロ(約9万5千円)が支給される見通しである。目下、適用範囲など詳細の詰めが行われている。

日本では2019年10月の消費税率引き上げに合わせて自動車税制の見直しが検討されている。イタリアでも、ベーシックインカム導入と並行するかたちで、自動車の税制が再検討されているところである。

ところで昨今、この国では大排気量車をあまり見かけない。今回はその理由を説明してみよう。

第一は、イタリア式「自動車税の仕組み」である。
基準となるのは課税馬力(CV)だ。馬力と名が付いているものの、エンジンの出力ではなく、総排気量を尺度にしている。
具体的には19.8ccの「1CV」から7835cc以上の「50CV」まで50段階に分かれている。日本(10段階)とほぼ同じ仕組みといえる。

1CVあたりの税額に車ごとの課税馬力を掛け、そこに欧州排出ガス基準「ユーロ」のグレードを加味して算出する。

参考までに我が家の車(2008年モデル)は1991ccで課税馬力は20CV。ユーロ排ガス基準は「4」である。そこから算出された自動車税年額は283.78ユーロ(約3万5千円)だ。
ただし、1CVあたり税額は州によって毎年改訂が行われて、上がることはあっても値下げされることはない。とくに「ユーロ」の値が低いクルマは、環境負荷が大きい車両として年々加算額が大きくなる。
したがって大排気量車、とくに古いモデルは所有するメリットが少なくなりつつあるのである。

第二に経済危機を背景に2011年施行された「イタリア救済法」だ。これによって課税馬力による税額のほか、エンジン出力が185kWを超えると1kWあたり20ユーロが加算されることになった(5年目以降使用年数によって減免あり)。
たとえばアウディを例にとると、A1からA5までは全ラインナップが“セーフ”だが、A6セダンの最高出力モデル50TDIは210kWなので対象となる。同車の場合、ざっと計算しただけでも25kWオーバーなので年額500ユーロ(6万1千円)の追加となってしまう。

アルファ・ロメオ・ジュリアのトップモデル「クアドリフォリオ」は、さらに目眩がする。375kWなので3800ユーロ(約47万円)!も加算されることになる。ベースとなる自動車税も含めると優に5千ユーロ(約61万円)を超える。月にすると5万円以上払うことになる。

大排気量車の需要が伸びない第三の理由として、2013年に施行された「初心者制限」がある。運転免許取得後1年間は「車重1トンあたりの出力55kW以下」の車両しか運転できない。

第四に強化されている税務調査もユーザーに大排気量車の購入を踏みとどまらせている。
前述の課税馬力で21CV(総排気量2080.2cc)以上の車両を購入したオーナーは、高級車/大衆車、新/旧、ガソリン/ディーゼルの別なく、収税当局の調査対象となる。価格を基準としないところが不可解なのだが、モーターボートなどと同様の贅沢品とみなす、というわけだ。

イタリアでは、このあたりの排気量から上は「グロッサ・チリンドラータ(大排気量車)」と一般的に呼ばれる。
その認識は裁判にも及んでいる。2018年5月には、子どもの学校給食費の割引を申請していた母親に、それを認めない最高裁判決が下された。理由はその家庭が2500cc以上の車を所有していたからというものであった。もはや高級車を乗りまわすのは憚れる風潮であることを表している。

そうした中、唯一の解決法ともいえたイタリア古典車協会(ASI)のヒストリックカー認定制度による自動車税減免制度も、「製造後20年以上」から「製造後30年以上」に範囲を狭められてしまった。

また大きなベルリーナ(セダン)が影をひそめた理由として、ここ20年のイタリア人ユーザーにおける趣向変化がある。彼らの目には、コンパクトなハッチバック、続いてSUVのほうが若々しくスタイリッシュであると映り始めたのだ。

そんなことを書き連ねていたら、2018年のイタリア年間新車登録台数ランキングが発表された。3位はフィアット500X(49,931台)、2位はルノー・クリオ(51,628台)、そのクリオに2.4倍もの差をつけて1位に輝いたのは、フィアット・パンダ(12万4266台)であった(UNRAE調べ)。

3台の詳細な諸元表を確認してみると、前述した「185kW超え」「21CV以上」という禁断の領域に踏み込むモデルは1台たりともない。
とくに素晴らしいのは、3位のフィアット500Xである。全長約4.26m×全幅約1.79m×前高約1.59mというそれなりに見栄えのする体格をもちながら、イタリアでは999cc(88kW)モデルから設定があるのだ。ハイパワーモデルも1956cc(110kW)という、いわばギリギリの状態で止めてある。

面白いのはMPV、もしくは日本でいうところのミニバンがまったく人気がないことである。
フィアットには「タレント」という、ルノーと合弁のフランス工場で造られているミニバンが存在するが、一般ユーザーの間ではほとんど関心がない。よって、ボクのもとにも街角でこのタレントを撮影した写真はない。
人気がない理由を聞くと、多くのイタリア人は「NCCみたいだから」という。NCCとはノレッジョ・コン・コンドゥチェンテ=運転手付きレンタカー、つまり観光ハイヤー風だから、というわけである。
その大きさも理解に苦しむという。
身体とのフィット感を得られないサイズのモノは敬遠する。それは彼らの服選びと同じなのである。

(スペックはイタリア仕様を基準とした)


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いずれもかつてシエナで撮影したベルリーナたち。ランチア・テーマ。2003年11月撮影。

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1472年に創立されたモンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行本店前で。ランチア・テージス。2003年11月。


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アルファ・ロメオ164は人気だったが、写真の166が誕生した頃には、イタリア人の中でセダンといえばドイツ製プレミアムモデルになってしまっていた。2005年9月。


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一般家庭でも興味を示したMPVは、このランチア・フェドラ(および姉妹車のフィアット・ウリッセ。2002年-2010年)が最後であった。2005年撮影。
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イタリア南部ナポリの旧市街を訪れた。
この地に降り立つたび思うことだが、何気ないピッツェリアのピッツァでも素材が吟味され、絶妙な焼き加減で仕上げられている。
バールしかり。ありきたりの店のバリスタが淹れるエスプレッソでも、最初に唇に触れるクレマ(クリーム)部分からしてドラマティックだ。続いて脳の中で時間が止まるような深い味わいが襲う。

だから普段、故郷以外の食文化を認めたがらない他地域のイタリア人でも、ピッツァとエスプレッソに関しては「ナポリが最高」と言う。

そのナポリ、路上はかなりスリリングだ。ぼんやり歩いていると、スクーターが歩道や歩行者専用ゾーンにも平気で侵入してくる。食卓用の椅子を紐で縛らずに抱えて乗っていたのには、思わず目を疑った。破れたサドルは、見た目を気にすることもなくガムテでぐるぐると補修してある。

クルマもボディに大きな凹みや傷があるものが多い。ナンバープレートが無いクルマさえ見かける。ホーンもよく鳴らす。
いずれの事象も、どこか上海の街を思わせる。

ナポリは、1282年から579年間にわたりナポリ王国、続いて両シチリア王国の首都だった。しかし、1861年にイタリア半島の国家統一が行われると、政治の中心地は北部へと移った。1899年トリノに誕生したフィアットに代表される近代工業も、陸続きの隣国に近い北部で発展してゆくことになった。

第二次大戦後も、公共投資は北部中心に行われていった。犯罪組織の暗躍もナポリの経済成長の足かせとなった。一般的にいわれる「南北問題」だ。
ようやく復興の兆しを見せるきっかけとなったのは、1994年7月に開催されたナポリ・サミットであった。当時のビル・クリントン米大統領が下町で屋台の揚げピッツァを頬張る姿は世界各地で報道され、観光地として脚光を浴びるようになった。

今日でも、ナポリはけっして充分に豊かとはいえない。
年間所得が12万ユーロ(約1500万円)以上の住民は人口の僅か0.07%。ミラノの3.07%、ローマ1.69%に比べると低さが目立つ。収入が無い住民0.6%という数字は、他の2大都市を上回る(データはイタリア収税局調べ。2015年)。

にもかかわらず、欧州でイタリアは、ガソリンなど燃料価格がノルウェーに次いで高額である(2018年11月現在)。
それらの数字を知れば、ナポリで古い車を乗り続けるユーザーが多いのは容易に想像できる。

ただし、ナポリの自動車たちは、古いながらも徹底的にオーナーのお供をしている。信号が変わるたびかっ飛ぶクルマあり、家の前で壊れた洗濯物干しの片脚がわりになっているクルマあり。カーステレオの音質は安っぽいが、その小気味良いビートは、ドライバーだけでなく街の人や観光客までハイにする。

そうした光景を眺めていると、極東の日本に渡ってきたあげく、生涯いちども全力疾走するチャンスがなく、ちょっと旬が過ぎたら手放されてしまうプレミアムカーよりもシアワセに見えてくるのはボクだけだろうか。

同時に、来年で車齢10年を迎えるボクのクルマに対しても、「まだまだいけるじゃないか、一緒に暮らしてやろう」と、知らず知らずのうちに優しい気持ちになるのである。

文と写真=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA


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ナポリの下町「スパッカ・ナポリ」にて。

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イタリアでも少数派となった「アルファ・ロメオ156」。ジウジアーロがレタッチを加えた後期型である。


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この国では2000年からすべての年齢で原付のヘルメットが義務化されたが、ナポリではいまだ遵守していない若者多し。




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「アルファ・ロメオ33」後期型も現役。車齢は最低でも23年ということになる。


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「イノチェンティ」ブランド末期のモデル「エルバ」。元はブラジル・フィアット製造による「フィアット・ウーノ」のワゴン版である。こちらも最低21年もの。


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1996年に登場したフィアット製ワールドカー「パリオ」が佇む街角。イタリアにはブラジル工場製が輸入された。

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タクシー編も少々。2代目フィアット・プント。


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「フィアット・ブラーヴァ」。筆者も一時期イタリアで白の同型車に乗っていただけに、懐かしさがむせぶ。

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フィアット・ウーノのピックアップ版「フィオリーノ」を用いた青果屋台。

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実用×お洒落系も。ナポリの高台・サンテルモ城で見つけた「フィアット126」。オリジナルに近い色で再塗装がなされている。

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かつて「ベスパ」の好敵手だった「イノチェンティ・ランブレッタ」。


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「フィアット600」がスパッカ・ナポリの雑踏を行く。まるで時間が止まったような風景である。
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イタリアにおける2018年7月のブランド別新車登録ランキングを見ると、トヨタが8位(7034台)にランクインしている。前年同月比6.08%増という数字は、ハイブリッドが貢献しているのは間違いない。

続く日産は13位(4145台)である。14.73%減は、もはや話題性に陰りがみえる同社のSUVを、フランス工場製の新型日産ミクラ(マーチ)がフォローできなかったためだ。
それでもトヨタと日産は、アルファ・ロメオやランチアよりも登録台数が多いといえば、その奮闘ぶりがおわかりいただけるだろう。
(データ出典: UNRAE)

今回は、イタリアでどっこい生きている「ちょっと古い日本車」の姿をお楽しみいただこう。

最初の写真は、2018年夏にシエナ旧市街で見つけた6代目トヨタ・セリカである。販売終了は1999年だから、最も若くても車齢19年ということになる。

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6代目トヨタ・セリカ(中央)。偶然にも隣は同じトヨタのランドクルーザーである。シエナにて2018年7月撮影。

次はスバル。もはやイタリアでWRXは走り屋系若者の憧れであり、フォレスターは軍警察御用達である。だが1990年代中頃までは、軽自動車をベースにした車種も販売していた。

3代目スバル・レックスは、イタリアでは「M80」の名で1991年から93年の間に販売されていた。ということは四半世紀生き延びているということだ。

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スバルM80は、日本の3代目スバル・レックスである。写真は2017年10月の撮影だが、この原稿執筆前に生存確認している。

1990年発売の5代目サンバー・バンは、今夏ヴォルテッラで発見した。フェイスは日本仕様のサンバーと同じであるが、衝突安全のため日本のドミンゴ用バンパーが前後に装着されている。
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観光客で賑わう通りの脇道。小さな教会の脇の小さなスペースに、うずくまるように停められていたスバル・サンバー。


スバルついでにもうひとつ。こちらは初代ジャスティの後期型だ。2018年8月にシエナで目撃した。1994年が最終販売年だから、24年以上現役ということになる。

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スバル・ジャスティ4WD。


ダイハツ・テリオスも、ナンバーを見るとモデル販売終了の2006年登録ゆえ、もはや12年以上の個体だ。
参考までダイハツは2013年に欧州販売から撤退している。ボクが知る元ダイハツ・ディーラーの営業所長は、「田園部に住む人に、絶大な人気があった」と当時を懐かしんだ。
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ダイハツ・テリオス。ハンティングをする人にも好評だった。


2018年7月には北部クーネオ県で三菱パジェロ・ピニン、日本名パジェロ・イオに遭遇した。ご記憶の方も多いと思うが、デザインを手がけたのはピニンファリーナである。欧州仕様は生産もトリノ県にあるピニンファリーナの工場で行われた。そのスタイリッシュさで古さを感じさせないが、2004年生産終了だから最低でも14年選手だ。

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三菱パジェロ・ピニン。北部クーネオ県の小さな村で。2018年7月撮影。


今回紹介するうち最高齢と思われるのは、この初代日産バネットである。少なくとも車齢30年ということになる。前述のサンバーと同じヴォルテッラでのスナップである。極めて綺麗に保たれているのでよく見れば、ホテルの所有によるものだった。顧客の送迎にも使われているとみた。

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ホテルで使われている日産バネット。リアタイヤの奥にチラ見えする板バネが泣かせる。30年ものであるが、さすが客商売。清掃状態はなかなかだ。

古い日本車がなぜ生き残っているか?
答えは「ヨーロッパにライバルが皆無、もしくは少なかったから」そして「もう生産されていないから」である。

セリカに話を戻せば、たしかに1994年のクーペ・フィアット、1989年のオペル・カリブラといったクーペは存在した。だがセリカのようなエキゾティックかつアグレッシヴなスペシャルティカーはなかった。そして今日、類似する雰囲気のモデルは、もはや手に入らない。

「4WD」というのもミソである。コンパクトな4WDはイタリアの地方部における道路事情や駐車場事情に合致しているのだが、かつて意外に少なかったのだ。ジャスティやサンバー、テリオス、パジェロ・ピニンがそれに当たる。

日本の「軽」がベースのモデルは、初代フィアット・パンダが旧態化しつつもひたすら生産されていた1990年代に、「もう少しモダンなコンパクトカーが欲しい」という需要にぴったりだった。

さらに日産バネットのような小さなワンボックスはライバル皆無で、事実上のブルーオーシャン市場だった。

ボクが知るそうしたクルマのオーナー、もしくは元オーナーは、大抵がセカンドカーとしての使用だった。走行距離が限定的ゆえ、さらに持ちこたえてしまうのである。
ニューモデルの車両寸法が年々拡大されてしまっていることも、コンパクトな古い日本車人気を支えている。
つまり経済上の理由から無理やり酷使し続けられている「かわいそうな日本車たち」ではないのだ。

そうした近所の日本車がときおり消えてしまうときがある。そのたび「ああ役目を終えて廃車になったか」と寂しくなる。だが、しばらくしてひょっこり姿を現すのを確認しては、ホッとしているボクである。

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大矢アキオ Akio Lorenzo OYA 
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター

 2018年7月12日付のオートモティヴ・ニュース・ヨーロッパ電子版は、フランスのDSオートモビルズが、「DS4」「DS5」の生産を年内で打ち切る予定であることを伝えた。
DSオートモビルズのイヴ・ボンヌフォンCEOによると、DS4はミュールーズの工場で、DS5はソショーの工場で、すでにそれぞれ生産を終了しているという。

 DSブランドのセールスは好調とはいえなかった。主要市場と位置づけた中国での販売は振わなかった。前述のサイトの昨年2017年6月9日版によれば、2017年1-4月の中国・東南アジア販売台数は、前年比で67%も減少した。

 ヨーロッパもしかりだ。2018年1-5月の販売は、DS3、DS4そしてDS5とも軒並み前年を下回った。DS7クロスバックの好調でブランド全体の販売台数こそ20,758台を数えたが、前年比で僅か204台のプラスに留まった(データはJATOダイナミクス調べ)。
参考までに、同じプレミアムのメルセデス・ベンツは同じ期間に、Aクラスだけで58,742台の販売を記録している。

 DSオートモビルズは、DS7クロスバックの販売に引き続き力を入れるという。同時に、2018年10月のパリ・モーターショーでは新型車を投入するとみられている。

 現在ヨーロッパでDSの販売ネットワークは、国ごとによってやや複雑だ。
フランスの場合、DS3、DS4、DS5は、地域によってはシトロエン販売店でも買える。いっぽうDS7クロスバックは「DSストア」「DSサロン」と呼ばれる専売店のみでの取り扱いだ。
イタリアでは、DSは原則として「DSストア」のみでの販売である。ボクが住むシエナは県庁所在地であるものの、目下56km離れたフィレンツェまで行かないとDSストアがない。
参考までに街なかでの“体感値”を記せば、パリでこそDSは頻繁に見かける。だが、ひとたびフランスの地方都市に移動すると、目にする頻度は一気に減る。イタリアに至ると、1日運転していても1度すれ違うかどうか、といった感じである。

 DSオートモビルズは、近い将来DSストアのみでの販売に集中させる方針というが、これが吉とでるかどうかは、しばらく予断を許さないだろう。

 いっぽう今なお前途模索中のDSに対して、ここのところ見るからに好調なのが、プジョーやルノーのフラッグシップである。

 たとえばルノー・タリスマンは、2018年1-5月に8670台、プジョー508も6118台をヨーロッパで販売している。

 背景にあるのは、近年普及目覚ましいUBERをはじめとするライドシェアリングであることは間違いない。とくにプジョー508は、収益性やメインテナンス費用の少なさから、UBERドライバーとして登録する人向けの推奨車種の1台として挙げられている。

 実際にパリでライドシェアを依頼すると、頻繁に当たるようになった。

 2018年3月のジュネーヴ・モーターショーで公開された2代目が508の名前を踏襲したのは先代が人気であった証であろう。同時に、広い開口部のハッチバックを与えられているのは、ライドシェア需要を意識したものであることが容易に想像できる。

 2000年頃を境として、ヨーロッパでDセグメントは、メルセデス・ベンツCクラス、アウディA4といったドイツ系ブランドの独壇場だった。その牙城がようやく切り崩され始めたのだ。

 ヨーロッパ中どの都市に行っても、メインストリートにはZARAとH&M、そしてスターバックスがあって、やってくるライドシェア車はドイツ車・・・というモノトーンな生活は、意外にもフランスの高級車が変えてくれるかもしれない。

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プジョー508。パリきっての観光地・オペラ座前で。


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パリ・オルリー空港のライドシェア駐車場で。
ルノー・タリスマン(手前)。生産は韓国のルノー・サムスンが担当している。


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プジョー508SW(ステーションワゴン)を操るライドシェアのドライバー。


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アグレッシヴなデザインを与えられた2代目プジョー508。
2018年3月、ジュネーヴ・モーターショーにて。


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ドイツ車の牙城ともいえるカテゴリーを切り崩せるか? パリ「自由の炎」付近で。


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ルノー・ヴェルサティス(2002-2009)。
フランスならではの高級車を目指しながら、市場の充分な理解が得られず消えていった。
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2018年4月に北京モーターショーが開催されたのに合わせ、今回は中国におけるイタリア車・フランス車の話をしよう。

世界の最大の自動車マーケットである中国で、伊・仏ブランドの存在感はけっして強くない。

それは街角の印象だけでなく、数字が示している。2017年の販売台数はフォルクスワーゲンの約313万台に対し、FCA(フィアット・クライスラー)は約24万台と、桁がひとつ少ない。

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アルファ・ロメオ・ジュリア。クアドリフォリオ仕様は「四叶草版」。中国での価格は、94万9800元(1612万円)から。


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アルファ・ロメオのコンパニオン。

PSAはとくに深刻だ。「オートモーティブニュース・ヨーロッパ」電子版によると、2014年に73万4千台だった販売台数が、2017年には半減近い38万7千台にまで減少している。
PSAのカルロス・タバレスCEOは株主に対し、「シェア・収益性とも低下した。順応性も不足していた」と中国事業が目標に達していないことを認めている。2016年には東風からの出資も受け入れ、業績拡大が期待されただけに予想外の苦境だ。

タバレス氏の「順応性」という言葉を、より具体的に置き換えるならSUV、中国語でいうところの「越野車」市場への対応である。
イタリアやフランスのブランドは、SUVを中国市場に導入するタイミングと、ラインナップの拡充が遅れたのだ。

それを挽回すべく、FCAは合弁先である広州汽車(GAC)とジープ・ブランドの生産に力を入れている。前述のFCAによる2017年販売台数のうち、実に20万台はジープによるものだ。
それを援護射撃すべく、今回の北京モーターショーで、FCAはアルファ・ロメオのステルヴィオを投入した。中国国内生産でないため高額の関税が課され、39万9800元(約678万円)に達するという価格的ハンディを負いながらの発売だ。結果を見守りたい。

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2018年4月25日から5月4日に開催された北京モーターショー会場で。アルファ・ロメオのブース。なお「阿爾法・羅密欧」は、ギリシア文字のAlfaと、Romeo (& Juliet)の従来からの漢字表記に準拠したもの。

いっぽうPSAはDSシリーズの最上級車である「DS7」を展示した。こちらは長安汽車との合弁による中国生産である。ファーウェイが提供するコネクテッド機能も搭載する。価格は25万元(約424万円)からだ。

 

しかしながら筆者個人的には、北京や上海のショーを訪れるたび惹かれてしまうものといえば、現地市場をターゲットにしたセダンだ。
中国は「3ボックス・セダンすなわち高級車」という意識がいまだ根強い。両親や祖父母を後席に同乗させる機会が多いため、彼らの保守的な趣向が車選びに反映されることも背景にある。したがって、各ブランドともセダンを充実させているのである。

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東風プジョー308

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東風プジョー308


今回は北京ショーのブースから、プジョーとシトロエンによるものを紹介しよう。
上の2枚の写真は東風プジョーの308である。中国で「308」とはセダン版を指し、ハッチバック版は「308S」というネーミングが与えられている。価格は9万9700元(約166万円)からだ。
東風シトロエン(雪鉄龍)に目を移すと、C4(フランス語読みを基に、世嘉と併記されている)がある。
こちらも日本で販売されているC4のハッチバックではなく、セダンボディだ。
セダンといえば従来から東風の合弁工場とPSAスペイン工場では「C-エリゼー」と呼ばれるモデルが存在するが、このC4はその上級版という位置づけである。価格は308Sとほぼ同じ9万8千元(約166万円)である。

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「東風標致」とは東風汽車とプジョーの合弁会社のこと。


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東風プジョーのコンパニオン。


しかし、何より予備知識がないと混乱してしまう中国版シトロエンといえば、「C6」であろう。
日本でファンがすぐ頭に思い浮かべるC6(2005-2012年)ではない。同じく中国で生産されているプジョー508の姉妹車である。2016年北京ショーで発表されたものだ。

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このC6の存在を本場フランスのシトロエン・ファンに話すと、「あれはプジョーであって、シトロエンではない!」と即座に切り捨てた。
別のシトロエン・ファンはもっと過激で、C6はおろか、トヨタとのチェコにおける合弁によるヨーロッパ市場用車種「C1」も、「シトロエンと呼ぶな!」と烈火のごとく否定した。

プジョーによるシトロエン吸収は1976年だから、もう42年になる。今日までに、さまざまな姉妹車も誕生してきた。
それでもなお、原理主義的なファンが存在する。
シトロエンが中国でラインナップを拡充するたび、彼らを悩ませ続けるに違いない。

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東風シトロエン(雪鉄龍)C4世嘉

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東風シトロエン(雪鉄龍)C4世嘉


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東風シトロエンC4
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大矢アキオ ロレンツォAkio Lorenzo OYA在イタリアジャーナリスト/コラムニスト/自動車史家。音大でヴァイオリンを専攻。日本の大学院で比較芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。自動車誌...
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