またしてもとどまるところを知らないオフロード熱。ここ最近、19時ごろまでにその日の仕事の目処がたつととそわそわしてしまう。ということでその日は2008年8月28日の夜。屋内で業務をしていたので良くわからなかったが日中はけっこうな雨降りだった模様。未舗装路はそれなりのウェットと思われ、あえてこの時間帯、この天候で行くことはない。とはいえ20時すぎ、雨は止んでいた。行くか行かないか迷っている段階で、すでにその気になってしまっている自分。その日の天候情報を知らずに単なる雨天としか思っていないことがその日その後の危機を招くことになる…。
狙うルート・地域の候補はふたつ。ひとつは神奈川・相模湖付近から山越えして東京・八王子に出るルート。もうひとつはネット検索で調べた神奈川・丹沢方面の林道で、こちらは見知らぬエリアである。目的地に到達するまでの所要時間を考えて後者を選択した。翌日知ることになった災害情報を考えると、もし前者を選択していたら本当に遭難していたかもしれない。
東名高速を秦野中井ICまで進む。雨が降り始めていたがさほど強い雨とは思わなかった。国道246号からそれて行くと程なくして暗くなる。民家の明かりが減り、登り勾配がきつくなり、間もなく山林地帯になった。高速からものの30分で山につくとはなんて良いアクセスだろうと感心してしまった。このあたりまでくると雨の方がいよいよ本降りになってきた。多少の雨では使わないワイパーも、このときばかりは連続使用していないと視野が悪い。一旦目的地を目の前にしてしまうと、天候を理由にしての直前での引き返しなんて発想すらしていなかったと思う。
林道入り口にはゲートはないかわりに、「崩落の危険あり一般車両通行禁止」とお約束の看板が出ている。未舗装の林道は右が山の登り斜面、左は崖下ではあるものの数mおきに木が見えているため脱輪することはあっても崖下転落はしないですみそうである。前回反省していながらいまだ補助灯の装備はしていないため前方はやはり限られた視野のみ。左右の窓外は何も見えない。本降りの雨ではあったが、森が深いため直接の降雨は少なく感じた。とはいえ、しばらく治まっていた「雨漏り」が豪快に再開して、膝やら頭やら時おりポタリポタリ。
草むらになっている崖下に看板がある。ライオンのイラストが入っていて「絶対入るな」。さすがにここで猛獣が出るわけではないだろうから、脱輪というよりは登山者の滑落に対する警告なんだろう。暗闇のため地形は良くわからない。比較的新しい落石が目に付いたが、今にして思えば当日の集中降雨で部分的な土砂崩れが起きていたのだと思う。そのときの自分の心理ときたら、「どうせなら荒れた林道を希望す」の状態にある。暗闇に急に浮かんだお地蔵様にはぎょっとした。通行禁止の看板を見ていながら入ってきている、心にやましい部分を抱えた自分を見透かされた気分になる。そして、この日のハイライトである地点に到達する。
1車線幅の曲がりくねった未舗装路を走っていて前方にいきなり浮かび上がったのは道を横切る川である。沢が増水したのか、土砂崩れでできた流れなのかは暗がりの中では知るよしもない。幅5mほどのヘアピンカーブの真ん中で、落差数mの右手の滝から流れてきた水が、左手の崖下へと続き暗闇の中に滝となって流れ落ちている。
突如、林道を横切るように出現した川
渡河したとしてもその直後でどうやら登山者すら進入できないがけ崩れのようである。引き返す以外の選択の余地がないのは間違いないが…。補助灯の装備がすんでいない現在、自分のクルマの最大の泣き所は後退するときの暗さなのだ。がけ崩れを目の当たりにした後では、路肩が崩れる恐ろしさが必要以上に自分の中でリアルになっていた。ろくに見えない状態で、左下の1個しかないバックランプとブレーキランプを頼りに後退していく…。ためしに後をふり返って見たが、即座にこの選択はやめた。かくなるうえは川に入っての方向転換である。
暗闇に向かって滝のように落下する流れ
川の流れは足のすね程度までではあるものの、ごうごうと音を立てて崖下へ落ちていく滝の存在が自分の冷静さを奪おうとする。川に侵入するまではよいとして、スペースの事情から川の中で方向転換をしなければならない。川の中に完全に浸かった状態で、クルマを一旦川下に向ける、そして、じりじりと、滝に近づく、水が落ちるところまで、あと50cm。向きを変えるのに近づかなければならないのに、流れに押されてクルマごと滝つぼに落ちていく自分のイメージばかりが浮かんできて、あと一歩が近づけない。下見ではぎりぎり方向転換できるはずなのに。
意を決して滝つぼに目一杯接近し、長居は無用とばかりにすぐさまステアリングを切ってバック。左後輪を乗り上げておいて逆にステアリングを切る、ここからが度胸一発、前進して滝つぼをかすめて突破、方向転換成功。この時点でこの日のツアーは終わったも同然だった。よほど緊張してたのであろう、それ以降は林道の支線探索などする気力も失せていた。
山を脱出すると尋常でない雨量になっていた。帰りの国道246号線では、局所的に国道ごと川になっていた。このときは気が大きくなっていたのであろう、下が舗装路なら水深膝程度はなんてことはない。さっきのびびっていた自分を取り戻すかのようにずばずば突破してやった。相模川河川敷では赤色警告灯が回って電光掲示板が川に近づくなといっている。国境越えを見張っているような物々しさが台風並みの非常事態を告げていた。そして翌朝、TVニュースではじめて、もうひとつの候補ルートであった八王子方面が土砂崩れや床上浸水の災害になっていることを知る…。