文と写真 大矢アキオ ロレンツォ Akio Lorenzo OYA
■イタリア最大の古典車ショーで
2024年10月イタリアのブランド別国内登録台数で、トヨタはフォルクスワーゲンとともにフィアットを抜き、3位にランクインしている。背景には「ヤリス・クロス」「ヤリス」の好調がある。そのヤリスが“インスタント・クラシック”の領域もうかがった、というのが今回の話題である。
「アウトモト・デポカAuto moto d’epoca」とは、イタリア最大級のヒストリックカー・ショーの名称である。2022年までは北部のパドヴァで催されてきた。伝統的に会期は10月の最終日曜にかかることが多い。その週末イタリアでは夏時間から冬時間に切り替わるから、時計を1時間遅らせるのと一緒にアウトモト・デポカを覚えている人は少なくない。
2023年の第40回からは、より施設が新しく、かつ広いボローニャに舞台が移された。
会場は、2017年までモーターショーが開催されていた場所だ。その消滅以降、大規模な自動車関連イベントが催されなかっただけに、メッセ運営会社としてはおおいに嬉しかったことだろう。
「アウトモト・デポカ」2024の会場で。手前はフェラーリ「360モデナN-GT」。
パーツ&アクセサリー館で。
引越し後2年目である2024年度は10月24日から27日の4日間にわたり開催された。パビリオン数は14館、展示台数は7千台以上と記せば、規模が想像していただけるだろう。
パドヴァ時代からの傾向として、アウトモト・デポカは北東部という地理柄ドイツ、スイス、オーストリアといった西欧各国はもとより、近年経済力を増した東欧からの越境ビジターが少なくない。パビリオン内ではさまざまな言語が入り混じっている。
今回ポルシェ、メルセデス・ベンツ、ボルボなどは、イタリアの公式クラブスタンドを後援するかたちで参加した。また、フェラーリはモデナとマラネッロにある博物館のプロモーションを、ランボルギーニとマセラティは歴史車のレストア部門を紹介。ピニンファリーナは2024年に開設されたオリジナル状態証明書発行サービスを披露するブースを設けた。
中古車の展示館では、プロとアマチュアが入り混じって出展。近年の傾向として「価格応談・乞う連絡」よりもプライスを明示する出品が増えたのは、来場者にとって良いことだ。部品館では、陳列された中古パーツやリプロダクションのアクセサリーに自分の愛車用がないか、目を皿のようにして探すビジターがみられた。
■WRC「はじめの一歩」✕最新・超限定車
日本ブランドで前年に続き唯一参加したのは、ローマに本社を置くトヨタのイタリア法人である。前回の彼らのテーマは「ランドクルーザー」で、まだ正式なイタリア法人が発足する以前に輸入された「BJ42」と「FJ60」を、最新の「250」シリーズと並べた。
対して今回のテーマは「トヨタGAZOO Racing」である。まずは一角に掲げられた彼らのモットーを紹介しよう。
「TOYOTA GAZOO Racingは、 『もっといいクルマを作るために、あらゆる限界を乗り越えようと日々挑戦する』というトヨタの哲学を見事に体現しています。
私たちのレーシングチームは、革新の創造とともに、最も過酷な条件であるモータースポーツを通じて新技術を試み、解決策に命を吹き込む理想的な環境といえます。
コースでステアリングを握っている間は、自分たち自身を試すとともに、最も困難な課題から学ぶのにいちばん適した時間です(中略)。
レースはトヨタの未来のDNAを生み出す鍵です。そして私たちは、すべての人に完全な自由、冒険、そして運転の喜びを提供するためにレースを続けます」
今回、ブースで最も注目を浴びていたのは、2代目「カローラ」のラリー仕様である。TOYOTA GAZOO Racingの公式ウェブサイトによれば、1970年代初頭、トヨタは世界ラリー選手権(WRC)にオベ・アンダーソンがステアリングを握る初代「セリカ」で参戦していた。それとは別に1973年11月、トヨタのカナダ法人が米国でTE20型、すなわち2代目カローラにセリカと同じ2T-Gエンジンを搭載した車両を用意。トヨタ車初のWRC優勝を手にした。
第41回アウトモト・デポカにトヨタ・イタリア法人が展示した2代目カローラのラリー仕様。
特徴だった丸いお尻が懐かしい。スタッフの説明によれば、現在はドイツのコレクターのもとにあるという。
その室内。ステアリングコラムやシートを除き、今日のラリーカーと比較すると、限りなく量産車に近い。シフトレバーの長さにも驚く。
その後1974年、正式にトヨタ・チーム・ヨーロッパ(TTE)として、2T-Gエンジンを搭載したTE27型「カローラ・レビン」を投入。翌1975年に1000湖ラリーで、公式チームによる初のWRC優勝を達成した。
歴史写真から。クリス・スクレイターとコ・ドライバーのマーティン・ホームズ(ともに英国)が駆るカローラ・ラリー仕様。一部資料からして、1975年のRACラリーと思われる。(photo: TOYOTA ITALIA)
そのかたわらで、トヨタ・イタリアは限定仕様「GRヤリスTGRイタリー リミテッドエディション」を初めて一般公開した。
ヨーロッパで売られている標準型「ヤリス」は初代以来フランス工場製だが、GRヤリスは日本から輸入されてきた。担当者によれば、今回の限定車も日本で生産されたものだが、イタリア国内で改造を施したという。
「GRヤリスTGRイタリー・リミテッドエディション」。
そのリアビュー。テールゲート左下には、専用バッジが付く。
3気筒1.6リッターターボエンジン、8段AT(GR-DAT)、4WDというのは日本のGRヤリスと同一だ。ただし最高出力は日本仕様の304PSに対し、280PSと記されている。
車体には往年のTTEラリー車両を反映した赤いラインが施されている。筆者の私見であるが、欧州で“ヴィンティッジ”を感じさせるスポーツウエアに若者の人気が集まっている今日、赤いラインはそれに通じるレトロ風情がある。
生産台数はWRC初優勝年からの年数にちなんで51台。価格は6万7500ユーロで、円換算すると約1087万円(2024年11月現在)だ。
フロントフェンダーのバッジ。
BBS製18インチ鍛造ホイールは日本仕様と同じだが、「ヘリティッジ・ゴールド」仕上げが施され…
セミスリックの「ピレリPゼロ トロフェオR」が組み合わされている。
インテリア。
ダッシュボードの助手席側には、限定何号車であるかの刻印プレートが付く。参考までに設定された予約金は2500ユーロ(約40万円)で、デリバリーは2024年以内という。
■そこを狙えば、道は拓ける
このGRのイタリア限定仕様、前述のようにアウトモトデポカが初公開であったものの、もう売り切れだ。2024年9月にインターネットおよびミラノ、トリノ、ローマなど国内の「GR Garage」を通じて受注を開始したところ、たった2時間で完売御礼となったという。発表以前にポテンシャル・カスタマーによってソールドアウトというのは、フェラーリやランボルギーニ、もしくは高級時計で近年たびたび耳にしてきた。それがトヨタ車でも起きたのである。
ところで昨今ヒストリックカー界では、たとえ発売直後でも将来高い価値が見込めるモデルを「インスタント・クラシック」と呼んで珍重する。「アルファ・ロメオ・ジュリアGTAm」「アルピーヌA110S」そして「アバルト124スパイダー」がその好例だ。
思えばヨーロッパにおける日系ブランドの定番イメージであった「価格に対して装備豊富なお買い得車」からいち早く脱したのは「マツダMX-5」であった。独自のプレミアム性を確立してのことだった。
今度はGRヤリスが、インスタント・クラシックという新しい立ち位置で、従来の日本車のイメージを打破できるかもしれない。日本車がヨーロッパで新たなマーケットを拓く鍵は、このあたりにあると筆者は信じるのである。
2020年からトヨタ入りし、2022年にWRC最年少王者となったカッレ・ロバンペラが開発に参画。2024年1月にリリースされて、日本でも話題を呼んだGRヤリス「ロバンペラ・エディション」。とくに華麗なドリフトが披露できるようチューニングされている。
リアビュー。カラリングはロバンペラの友人が考案したものという。
こちらはプライベートのラリー・カスタマーのために供給されているGRヤリス「ラリー2」。
トヨタ・イタリアのプロダクト・マーケティング部門に所属するマルコ・コンドレッリ氏(左)と、ロベルト・ソルデッリ氏(右)