今年も暑い夏がやってきた。8月に入るとイタリアではヴァカンスが始まり、多くの人々がビーチに集まって、海岸周辺のホテルの価格は急上昇してしまう。イタリア人は海が好きなのだ。
かつて、イタリアのカロッツェリアが手掛けたクルマたちに“ビーチカー”と言われる、風光明媚なリゾート地の海岸線を走ることを目的にしたクルマがあった。
屋根を持たず、砂浜を走ることができて、濡れた水着のまま乗ることを前提にしていたから、内装は耐水性を考慮した簡素なものだったけれども、お洒落な雰囲気が漂っていた。
▲ Carrozzeria Ghiaが製作したFiat 600“Jolly”。ビーチカーの代名詞ともいえる存在。
なかでも有名なのはCarrozzeria Ghiaの“Jolly”シリーズで、これはギリシャの海運王として名高いアリストテレス・オナシスがFiat 600をベースにビーチカーの製作を依頼したことがきっかけと言われている。
▲ Jollyは世界中のセレブリティに愛された。写真はモナコのプリンス、レニーエ3世と愛妻のグレース・ケリー、そして子供たち。海に面したモナコにはうってつけのクルマだったのかもしれない。
もちろん、このようなクルマは少なからず富裕層やヴァカンスを海で楽しむ人々の需要があって、PininfarinaやMicherotti、Vignaleなど、多くのカロッツェリアが提案を試みたが、その殆どが“一品物”で、量産にまで至ったケースは少なかった。
一方の“Jolly”は、Fiat 600やFiat 500、Fiat 600 Multipla などにも派生して、10年近くに亘って結構な台数が生産されたから、ビーチカーとして“成功例”と言えるだろう。
▲ Pininfarinaが提案したFiat 600 Multipla "Marine"。1956年のジュネーブショーに展示され、FIATの総帥ジャンニ・アニエッリが所有した。
もちろん、このような素質を持ったクルマの存在はイタリアだけの限定的なものではなかった。
例えば、フランスにはCitroënのDyane(2CV)をベースにしたMéhariがあるし、アメリカではMeyers ManxがVW Beetleのシャシーを流用して製作したBeach Buggyが有名である。
▲ Citroën Méhar。若年層も視野に入れていたからか、当時のプレスには“ヒッピー”を思わせる写真もある。発表は1968年だった。
加えて、イギリスのAustin Mini Mokeはアレック・イシゴニスが軍需を目的に設計したと言われているが、結果的にレジャーを目的としたクルマとして認知されるようになった。
▲ Austin Mini Moke
このように、用途や目的は“お国柄”によって違うけれども、“ビーチカー”と同等の素質を備えたクルマたちは世界中で生み出された。
また、その共通点として、ベースとなる車両は高級車ではなく、大衆的で安価なクルマが選ばれ、内面的な実用性や経済性が求められていたことも伺える。
とは言え、先述したJollyやMéhari、Mokeは、今やコレクターズアイテムとしてガレージで大切に保管されている傾向が強くなっていて、レジャーで“気軽な存在”という訳にはいかなくなってしまったのが実情だ。
▲ クラッシックカーの高騰に伴い、名だたるオークションでもJollyを目にする機会が多くなった。しかし、そのヒストリーや価値が昔より見直され、高額な値段で取引されるようになった。Mini Mokeも同様である。
だが、ビーチカーは過去の存在ではない。少なからず現在も、人々に“歓迎される”存在であるようだ。
昨年、Citroën はC4 CactusをベースにしたE-Méhariを発売し、そのスタイルと共に、約27年ぶりに“Méhari”の名も復活させた。
▲ Citroën E-Méhari
また、数年前にはイタリアのCarrozzeria Castagnaが、あのJollyを髣髴とさせる“ビーチカー”を現代のFiat 500で提案している。
そして、この両者の共通点はEV。すなわち電気自動車なのだ。
▲ Carrozzeria Castagnaが提案したFiat 500 “Tender Two”。外見的にはFiat 500だが中身はEV化されている。
海でヴァカンスを楽しむ人々にとって、ビーチカーは“環境が生み出した最高の乗り物”なのかもしれない。
かつての“ビーチカー”が大衆車をベースに、その実用性と経済性も求められたように、21世紀版“ビーチカー”は駆動方式を電気に変えて、生き続けるのではないだろうか...。