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独特の目線でイタリア・フランスに関する出来事、物事を綴る人気コーナー
witten by Akio Lorenzo OYA
世界中
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読者の皆さんにとって、行きつけのガソリンスタンドは、どのブランドだろうか?
イタリアの石油ブランドといえば、多くの人が「アジップ」を思い出すに違いない。1995年まで二十数年にわたり「フェラーリ」F1のスポンサーにもなっていた、炎を吐く犬マークの、あれだ。
そうした大手石油ブランドのガソリンスタンドが次第に姿を消し、代わりに新たな勢力が台頭しつつある、というのが今回のお話である。

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シエナ郊外、人口約130人の村アッバーディア・ア・イゾラにて。一帯に1軒のガソリンスタンド。

ローコスト系の台頭

日本ではガソリンスタンド(以下スタンド)の数が、2016年には31,467ヵ所だったのに対して、2020年には29,005ヵ所にまで減少している(出典:資源エネルギー庁)。
いっぽうイタリアでは、2013年(19,257ヵ所)まで同様に減少を続けていたが、翌2014年には21,300ヵ所に増加。以後はほぼ21,000軒ペースを維持している(出典:イタリア石油連盟)。つまり「底を打った」のである。
この現象に関する詳しい分析は見当たらないが、在住25年の筆者による観察をもとにすれば、2つの背景がある。

第1は、大型スーパーマーケットが併設し始めたセルフ式スタンドの台頭だ。自分で給油したあと、スタッフがいる料金所までクルマを進め、車内に乗ったまま現金またはカードで支払いを済ませる。
人的コストが少ないことから、ガソリン1リットルあたりの料金が日本円換算で14円以上安い(2022年1月現在)。そのため、各地でこうしたスーパー併設スタンドが次々とオープンしている。

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スーパーマーケット「カールフール」に併設されたセルフ式ガソリンスタンド。トリノ郊外で。





第2は、大手系ではない石油販売会社の躍進である。従来見たことがないブランドが、過去数年来イタリア各地で見られるようになった。その多くは、もともと大手系のスタンドを数軒手掛けていた経営者が、みずからのブランドで展開を開始したものだ。

こちらもさまざまな間接経費削減による低価格が武器だ。大手系よりも円にして1リットルあたり10円前後安いのが常である。

そうしたスーパー系セルフスタンドや、ローコスト系スタンドにも短所はある。メンテナンスができるスペースが狭い、もしくは皆無なことだ。オイル交換はおろか、タイヤ空気圧用コンプレッサーを備えていないスタンドもある。
それでもガソリン・軽油価格高騰を背景に、そうしたローコスト系スタンドの多くには、給油を待つ車列ができるようになった。参考までに2022年1月12日 現在、筆者が住むシエナで最も1リットルあたり価格が高いスタンドは、ガソリン1.99ユーロ(約261円)、軽油1.85ユーロ(約243円。いずれも非セルフ)に達している。

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中部トスカーナとウンブリア両州に展開するブランド「アクイラ」。目下スタンド数は53。


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こちらも新興ブランドの「カネストレッリ」。2022年1月現在、ネットワークはシエナ県内2カ所にとどまる。

景品いらない!

いっぽうで従来の大手ブランドは苦戦を強いられていた。
決定的原因は上述のように、価格優位性がないことである。そうしたなか「シェル」は2014年、国内830のスタンド網をクウェート系の「Q8」に譲渡するかたちでイタリア国内市場から撤退した。

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廃業してしまった「IP」ブランドのスタンド。奥にはローカル系新興ブランド「ピッチーニ」が。イタリアの給油所事情を端的に示す風景である。


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走行中、助手席からの撮影ゆえ手振れはお許しを。「Q8」の廃スタンド。ピサ県ヴォルテッラで。解体用の簡易トイレがスタンバイしている。


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廃墟ツアーは続く。「アピ」という全国チェーン系スタンドがあった場所。かつてモダンだったであろう建物が残る。シエナで。


加えて「景品で顧客を釣れなくなった」こともあった。少し前まで大手系スタンドというと、ポイントによる景品交換制度が盛んだった。コスト・コンシャスなローコスト系ではできない作戦だった。
イタリア人ドライバーの多くは、そうしたポイントを懸命に集めていたものだ。最も鮮烈に記憶に残るのは、2001年の「ピニンファリーナ・デザインのマウンテンバイク」だった。

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エッソのイタリア法人が2001年、ポイントの景品として展開した「ピニンファリーナのマウンテンバイク」。2007年撮影。

もちろん筆者も、それなりにそそられた。だが、スタンドの中でもとくに価格が高かったエッソのキャンペーン、かつ通勤にクルマを使う人のようにポイントが多く貯まらないため、途中で戦線離脱した。

代わりに、より少ないポイントでもらえるトロリーバックを手に入れた。ところが空港に行ってみると、同様にもらったのだろう、同じバッグを持っている搭乗客がワンサといて、複雑な気持ちになった。
ピニンファリーナのマウンテンバイクも、やがて町中のあちこちで見かけるようになり、ときにはボロボロになって捨てられている個体も発見した。
こうした景品のコモディティ化による満足度低下は、「ちょっと1リットルあたり価格が高くても」という顧客のポイント収集意欲をおおいに低下させたと考えられる。そうしたなか、ドライバーのマインドは「数カ月後にもらえる景品よりも、今日の燃料を少しでも安く」にシフトしていったのである。

イメージの刷新でも大手ブランドは苦労が窺える。シェルから給油所を継承したQ8は、一部既存店をセルフ式に転換している。ただし、従来の大手系でもとくに価格が高かったイメージを払拭するには時間を要しそうだ。

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Q8はセルフ式の導入を進めている。


冒頭のアジップはといえば2009年、マークはそのままに、親会社の名称と同じ「エニ(Eni)」に転換することでイメージ刷新を試みた。しかし13年が経過した今日でも各地にアジップの看板が残る。このあたりがイタリアのゆるいところで面白い。
同時に、たとえスタンドの看板がエニに変わっても、大半の人はアジップと呼び続けている。エニ/アジップは今日でもイタリア最多の4300スタンドを有するが、場合によっては長年親しまれたアジップに戻されることもあり得るのでは、と筆者はみる。

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シエナで。このスタンドは少し前、アジップからエニに看板を掛け替えた。ただし、地元の人には、いまだアジップと呼ばないとわからない。2022年1月撮影。


ローコストでも欠かせないもの

 

ただし、ローコスト系も安泰ではない。大手系だった地元スタンドの経営者による、ローコスト系への鞍替えが相次いでいるためだ。筆者が住むシエナの街道沿いにある店も、2021年にアジップからローコストの「アクイラ」に切り替わった。店主の老夫婦は「お客さんがとても増えたよ」と、ほくほく顔だ。彼らのところには、アジップ時代の馴染み客がやってくるのだから、これは強い。先に営んでいたローコスト系スタンドにとっては脅威だ。

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アジップからアクイラに切り替え中のスタンド。2020年7月撮影。

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こちらもアジップからの脱退組だが、まだ新しい看板が届かないうちに営業中。カステッリーナ・イン・キャンティで2021年12月。




最後にもうひとつ。ローコスト系が人気を博した当初、スタッフたちは不要なサービスを省略するばかりか、口数まで減らして淡々と給油をこなしていた。
しかし気がつけば、人気があるのはやはり「愛想が良いスタッフがいるスタンド」「会話があるスタンド」である。
筆者が、あるローコスト店員と知り合ったきっかけは、いわゆる「10円パンチ」を自分のクルマに喰らったときだった。スタンドの片隅で必死にコンパウンドをかけていた筆者に、彼は「悔しいよなあ」と同情の声をかけてきた。以来、筆者の日本名まで覚えていて給油に行くたび「よう、アキーオ、元気か?」と声をかけてくるようになった。ここ数年は、メッセンジャーアプリで新年の挨拶も交換するようになっている。
彼の店は、いつも道路まで溢れんばかりにクルマの列ができている。
イタリア人が好む「人懐っこさ」は、たとえローコストでもけっして欠かせない要素なのだ。

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かつてよく見られた路肩のスタンドも、近年は急速にフェードアウトしつつある。ここの給油機も使わなくなって久しいようだ。カーニバルの日、ヴィアレッジョにて。
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大矢アキオ ロレンツォAkio Lorenzo OYA在イタリアジャーナリスト/コラムニスト/自動車史家。音大でヴァイオリンを専攻。日本の大学院で比較芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。自動車誌...
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