文・イラスト 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
写真 Pininfarina Segno、Akio Lorenzo OYA
ピニンファリーナがライナップを拡大するインクレスペンの新バージョン「スマート」。
ピニンファリーナといえば、イタリアを代表する自動車デザイン&エンジニアリング企業である。同社が文房具ブランドをプロデュースしていることをご存知だろうか。その名を「ピニンファリーナ・セーニョ」という。それを代表するプロダクトといえば「インクレスペン」、すなわちインクが要らないペンである。合金「イーサーグラフ」でできたチップ(ペン先)が紙との摩擦で酸化し、筆跡を残す。
イーサーグラフとは
イーサーグラフのルーツは鉛筆より古い。それは「シルバーポイント」というものだ。先端に銀などの金属を用いたドローイング材料で、紙の凹凸によって酸化した先端が削られ、筆跡となるものだった。中世・ルネサンス時代の絵画作品に用いられており、かのレオナルド・ダ・ヴィンチも作品を残している。
ただし、16世紀中盤にイギリスで黒鉛が発見されると、シルバーポイントは鉛筆にその座を譲り渡す。
「イーサーグラフ」は、いわばシルバーポイントの21世紀版といえるものだ。イタリア北部ラヴェンナを本拠とするダヴィデ・ファービ氏が、金職人の技を借りながら完成した合金を用いている。
彼は2017年に「シグネチャー」という名の企業を設立。ピニンファリーナとのコラボレーションのもと、2018年にフランクフルトの文具見本市「ペーパーワールド」で製品を発表した。以来、ピニンファリーナ・セーニョ・ブランドで、意欲的なデザインのバリエーションを展開してきた。

ピニンファリーナ・イーサーグラフとパオロ・ピニンファリーナ会長。

ピニンファリーナ・イーサーグラフ「カンビアーノ・クラシック」。

Cambianoとはトリノ郊外にあるピニンファリーナの本社所在地の市名。

以下イーサーグラフ・シリーズのバリエーションから。「アエロ」は、航空宇宙素材のアルミニウムを加工。中空デザインが特徴である。ペンスタンドにはコンクリートを使用している。

「フォーエバー・フィールム」は、ルイージ・トレンティのデザイン。かつてダ・ヴィンチが用いたモティーフを、レーザー焼結技術を駆使して再現している。

「スペースムーン・ランディング・エディション」。(通常の鉛筆が成分上持ち込み禁止されている)国際宇宙ステーションに搭載されたことを記念するもの。ペンスタンドには、新素材「ピエトラルーチェ」を使用。
このピニンファリーナのイーサーグラフ、幸い筆者は発売直後に試し書きをすることができた。住まいがあるシエナ市内の文房具店でのことである。当時の第一印象は「通常の筆圧では文字が薄い」ことであった。ただし、店頭備え付けの貧弱な試し書き用紙では、正しい評価ができない。加えて、代表的商品である「カンビアーノ・クラシック」は119ユーロと、けっして即決できる値段ではなかった。
普及版の実力は?
いっぽう2022年、その廉価版といえる新製品「スマート」が登場した。
チップは、前述のイーサーグラフと同様の機能をもたらす「グラフェックス」で、これは
黒鉛の粒子を焼結して得られるグラファイト系素材である。軸にはアルマイト処理によりマットに仕上げたアルミニウムが用いられている。
個性的な形状のケースと共にリリースされてきた従来のイーサーグラフに対して、スマートのケースは、シルバーの円筒形とシンプルである。
本体の重さは25グラム。アルミニウム製というスペックを意識しながら手に取ると重量感にやや驚く。参考までに普段筆者が愛用している「カランダッシュ」の万年筆が19g、「ステッドラー」の製図用シャープペンシルは、僅か9グラム(いずれも実測)である。

「ピニンファリーナ・スマートは、円筒形のケースに入っている。ロゴ色はブルー、ライムグリーン、レッド、チタンの4タイプがある。

筆者が入手したのはレッド。長さは153mm、直径は9mmである。

本体重量を計ってみる。カタログ値どおり25グラムだ。

参考までに、ステッドラーの製図用シャープペンは9グラム。
実際に書いてみる。個人の筆圧、紙質、そして下敷きとなるマテリアルによって異なるが、濃さは鉛筆にすると4H相当といったところだろうか。通常の筆記具と異なり、芯やペン先のクッション性が無いのは、遠い昔使ったことがある謄写版(ガリ版)の鉄筆に似ている。
ふわふわしたソファ上でコピー用紙に記しても、とりあえず読める文字は書ける。取材用のメモ帳にも書ける。ただし、それなりの筆圧は常に必要だから、長文を書くときの疲れの少なさという点では、やはり従来の筆記具に軍配が上がる。

コピー用紙に可能な限り同じ筆圧で記してみる。これは机の上。

デスクマットの上。

弾力があるソファの座面上。

取材時を想定し、リング付き手帳を左手で支えながら、右手に持ったピニンファリーナ・スマートで記してみる。書くことは可能だが、その後の判読に目を凝らす必要がある。
次にイラストレーションを試し描きしてみた。図Aは薄いスケッチ用紙(1平方メートルあたり55g)である。図Bは、いわゆるキャンソン紙である。後者はより厚く(1平方メートルあたり160グラム)、デッサン用に多用される紙で、前者より表面が荒めだ。したがって、より濃い筆跡が可能かと思った。だが、結果にそれほど顕著な違いはない。筆者の技量もあろうが、タッチもそれほど差異は表現できない。

図A:薄いスケッチ用紙に描いてみる。

図B:キャンソン紙。より濃く、かつ紙の風合いが出るかと思ったが、顕著な違いはみられない。
より多くの人々が評価するために
そうしたなかで、ピニンファリーナ・スマートの美点とは何か? 最大のセリングポイントである「インクが必要ない」以外を考えてみる。
その答えは「手も紙も汚れない」ということだろう。鉛筆やシャープペンシルでイラストの下描きをしていると、紙と当たる手の部分が汚れるうえ、紙も汚れてくるものだが、それがほぼない(逆にいえば、鉛筆の跡をこすって、ぼかす効果は得られない)。
もうひとつは「布を汚さない」ことだ。筆者は、水性ボールペンのキャップ締めを忘れたままジャッケットの内ポケットに入れ、インクのシミを作ってしまったことが何度もある。カバンのポケットにボールペンを仕舞うとき付けてしまったインクは、これまた取れにくい。
寝室もしかり。筆者は原稿のアイディアをいつでも書きとめられるよう、ベッド横にボールペンを置いているのだが、やはり同様にシーツに汚れを残してしまうことがあった。
ピニンファリーナ・スマートは、それらを一気に解決してくれる。実際、筆者はもっぱらベッドサイドで使っている。
すでに日本の通販サイトでは、イーサーグラフを使用した高級モデルが数々みられる。
恐らく近い将来は、今回紹介したスマートもお目見えすることだろう。いずれにせよ“インクがいらないペン”を、多くの人が以前より手頃な価格で手に入れて、そのメリット・デメリットを評価できるようになれば、次期製品に向けた改良にとって有用だ。
ふと不安になったのはこのスマート、「高級バージョン同様、先端のチップは将来交換できるのか?」ということだった。例の紙製パッケージにはReplaceable tipと記されている。「もしや箱は高級バージョンと共通で、入門用のこちらは一体成型になっていて、取り外しできないのでは?」などと疑いをもってしまったのだ。ところがある日、気合を入れてエイヤっと捻ってみると、たしかに外れた。軸からチップへの、クルマでいうところのフラッシュサーフェス(面一)化があまりに見事だったのだ。いやはや、ピニンファリーナに問い合わせて赤っ恥をかくところだった。

外箱には、交換可能チップの旨が記されているのだが…。

ようやくチップが外せた! なお、通常のボールペンのような「◯メートル」といった使用可能距離の目安は記されていない。

ピニンファリーナ・スマートは、インクレスペン普及の発展に貢献するか。
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