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独特の目線でイタリア・フランスに関する出来事、物事を綴る人気コーナー
witten by Akio Lorenzo OYA
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文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA

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ビアカフェ「ビチ・エ・ビッラ」のルカさん(左)とパートナーのアンナさん(右)。

イタリア人、実はビール好き

イタリアを代表する自動車の都・トリノで、不思議な名前の店を見つけた。「Bici & Birra」訳せば、「自転車とビール」である。

イタリアのアルコール飲料といえば、ワインのイメージがある。事実、生産量ではスペインとフランスを押さえてヨーロッパ最大の生産国だ。
しかし近年この国で、めきめきと存在感を増しているのがビール、それも小さなブルワリー、つまり醸造所で作るクラフトビールである。
その勢いは、数で明らかだ。
農業団体「コルディレッティ」によると、イタリアでクラフトビールのブルワリーは2008年には僅か113カ所に過ぎなかったところが、2017年には718カ所と、6倍以上に増えている。そして年間生産量は5千万リットルに達している。

各地の街でも、ここ5年ほどでクラフトビールを提供するビアカフェをたびたび見かけるようになった。
筆者が住むシエナのような学生街ではなおさらで、以前から1軒あったアイリッシュ・パブの影が薄くなってしまったほどだ。ふたたび前述の農業団体によると、英国やドイツ製など外国製ビールのシェアは激減しているという。

さらにイタリア人1人あたりの年間ビール消費量は、およそ31.5リットル。350ミリリットル入り缶に換算すると約90缶に相当する。すでにかなりの量だ。
筆者が、「それでも依然ワインのほうが飲まれているのではないか」と思って調べてみると、その1人あたり年間消費量は41,5リットル。ビールより僅かに多いだけだった。

筆者の知人で40代の男性も「価格がワインよりも手頃なこともあって、もはやピッツァのお供は、ビール一択になった」と証言する。そして、こう付け加えた。「ワインだと1本空けられないしね」。
核家族化が影響していることもたしかだ。

加えて、以前筆者が取材したあるブルワリーは、イタリア人のフルコースに合わせ、前菜、第1の皿、第2の皿、デザート…とそれぞれの料理に合わせた味のビールをリリースしていた。ブレイクの背景には造り手の努力もある。

自転車とビールの“ハイブリッド”

さて、冒頭の「自転車とビール」を訪ねてみると、その正体はビアカフェだった。
場所はトリノのシンボルである王宮の、ちょうど裏側である。
8席+カウンターの店内のほか、外にも席がしつらえられている。


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店内には、クラフトビールがブランド別に並ぶ。その上には自転車用アクサセリーの販売品が。


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コースター。Bici e Birraとは、「自転車とビール」の意味。自転車工房とビール店との説明書きも。


店主のルカさんとパートナーのアンナさんの自慢は、ご当地クラフトビールの豊富さである。
参考までに、トリノがあるピエモンテ州と隣接するロンバルディア州は、いずれもイタリアのクラフトビール醸造所数でトップ3に入る。前者には127、後者には249の醸造所がある。

 

ブームが始まった時期を反映し、大半は若いブルワリーである。
コモで1996年創業したという「ビリフィチョ・イタリアーノ」のビール「ティーポピルス」をサーバーで注いでもらう。
泡が繊細、かつそのスパークル加減が心地よい。ホップの風味を感じさせながらも、ほのかに花の香りも鼻を満たす。
ほかにも「栗風味」「プラム風味」はトリノ県、「桃風味」は隣のピエモンテと、近隣地域のブルワリーによる、それも特徴あるプロダクトばかりだ。

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トリノ県の山岳地方を本拠とするアレーゲ社が造る栗風味のビール。名前の「ラ・ブルサタ」とは煎った栗を意味する。


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壁には、トリノをはじめとするいにしえのイタリアのものを中心にビール&自転車工房の広告が。

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トリノのラヴァービア社が造る「ビアブルーニャ」は、プラム風味。

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飲んでいる間もペダルを漕いでいたい人のために、このようなスツールも。つまみにはパニーノやハム盛り合わせが有り。

しかしながら最高にユニークなネーミングのクラフトビールがあった。「モーターオイル」だ。トリノのベーバという、こちらも1996年創業のブルワリーのものだ。
見た目がオイルに似た黒ビールであることに加え、イタリアのビール基準でアルコール分3.5%、糖度14.5度以上の強いビールに許される呼称「ダブルモルト」、さらに本拠としている建物が地元の古い工場跡であることにちなんでのネーミングなのは明らかだ。

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トリノのベーバ社による黒ビールは、その名も「モーターオイル」。アルコール度6.8%と強め。

気がつけばディスプレイされたビールの上には、サドル、フレームに付けるボトルといった自転車用品も販売品として並べられている。さらに見上げればロードバイクのタイヤや、それを模した照明が。なるほど、これで「自転車とビール」か…と納得しようとしてカウンター奥を見ると、自転車のリペアショップがあるではないか。その向こうには裏口が。実はビアカフェと自転車店の“ハイブリッド”だったのだ。

小さな間口の大きな志

ルカさんは1975年生まれ。もともとは電気関係の世界で働いていた。仕事は順調だったが、ビールと自転車双方へのパッション捨て難く、3年前に開業したという。
「とくにビール飲むのが好きでたまらなくて始めたんだよ」とルカさんはおどけてみるが、実際はもっと深い理由があった。
クラフトビールは基本的に小さな業者である。「造り手とのダイレクトな触れ合いが楽しんだよ」
今どきのビジネスでは、なかなか得られないものという。
彼は、それをサッカーのリーグに例えて説明する。「彼らは小さくても、けっしてセリエB(2部リーグ)ではない。ひとりひとりが質の高いプレイヤーなんだ」

いっぽう地元の自転車事情についてはこう話す。「トリノはもともと自転車には向かない街なんだ」。たしかに旧市街と地方部を除けば、立体交差や巨大なロータリーなど、フィアットが隆盛を極めた時代に自動車中心の都市計画が行われたため、サイクリストにとって楽しい街ではない。
市では2020年から自家用車の通行量削減を目指して、100kmに及ぶ自転車・電動キックスケーター用レーンが整備され始めたが、道半ばだ。
「自転車盗難も多い。巨大な南京錠がいつも必要だよ」と笑う。

そしてこの地で自転車を語るとき、もうひとつ問題がある。
「ビアンキ」をはじめ数々の名門自転車ブランドを生んだ国であるものの、近年は郊外の巨大ショッピングセンターに並ぶ新興国製の安価なモデルに征服されつつある。イタリア人が長年培ってきた良いものを長く使う習慣は、ここトリノでも薄れつつある。
「自転車がどんどん使い捨てになってゆくことが残念でならなかったんだ」。ルカさんはそう熱く語りながら、お客さんが途切れる合間を縫ってスパナを握った。

「人との触れ合い」と「モノへの慈しみ」。その店は、小さな間口から想像できない大きな志を抱いていたのであった。

Bici & Birra
Corso Regina Margherita 108 - 10152 Torino
水・木  16-23時
金・土  16-24時
日    18-22時
(新型コロナ営業規制により、営業日・時間に変更あり)

 

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店の半分は自転車の修理ブース。ルカさんの理想が店となった。

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サーバーで注いだばかりのビールに軽やかな泡が踊る。
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大矢アキオ ロレンツォAkio Lorenzo OYA在イタリアジャーナリスト/コラムニスト/自動車史家。音大でヴァイオリンを専攻。日本の大学院で比較芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。自動車誌...
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