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独特の目線でイタリア・フランスに関する出来事、物事を綴る人気コーナー
witten by Akio Lorenzo OYA
世界中
うんうんする
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文 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
写真 Akio Lorenzo OYA/Fabrizio Casprini

複雑な経緯の果てに

早いもので、英国の自動車ブランド「ローバー」が2005年に消滅してから2023年で18年が経過した。

ローバーが消えていった経緯は、今振り返っても複雑である。BMWが1994年、Bae(ブリティッシュ・エアロスペース)からローバー・グループ株の80%を取得したところから振り返ってみよう。

しかしバイエルンの本社は、英国側の低い生産性と採算性に悩まされた。結果として2000年、彼らはグループが保有していたMINIブランドを残して、会社を手放すことにする。ローバー部門は「フェニックス・コンソーシアム」と称する投資会社に、ランドローバーはフォードに売却された。

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2000年ローバー25前期型。当時のローバーによる独自設計で、1999年までローバー200(3代目)として販売されていたモデルをフェイスリフトのうえ、改名したもの。シエナ県で2022年11月撮影。

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ローバー25の姉妹車であったMG ZR。英国ビューリー付近で2012年撮影。

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1995年登場のローバー400のフェイスリフト版である45。2012年パリで撮影。

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英国ハンプシャー地方リンドハーストで、慌てて撮影したローバー75。このような写真しかないところに、本国でもけっして多くなかったことがわかる。2012年。

ところが、「MGローバー」と変えて発足したフェニックス・コンソーシアムも経営再建に難航。2005年に経営破たんしてしまう。それを買い取ったのは中国の「南京汽車」だった。ただしさらに、ややこしい事態となる。ブランドとしてのローバーは、先にランドローバーを取得していたフォードが獲得したため、南京汽車が入手できたのはMGブランドのみであった。

傍らで、同じ中国の「上汽集団」は、ローバーの高級モデルだった「75」の生産設備を取得。「栄威(ロエヴェ)」という新ブランドとともに2006年から発売した。

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上海の街にたたずむ栄威750。2013年撮影。


その上汽は、翌2007年になると前述の南京を買収する。そのため以後同社は、栄威750を生産する傍らで、南京が取得した英国のエンジニアリング・センター開発の新MGという、イギリス由来の2ブランドを保有することになった。栄威750は、MGブランドのもと2017年まで輸出も行われた。

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栄威750の発展版である550。2013年上海で撮影。

今も残る、末期の影

筆者がイタリアに住み始めたのは1996年。ローバーがBMW傘下だった時代である。街には、BMW以前から提携関係にあったホンダの車両をベースにした車両と、BMWのもとで開発されたモデルが混在していた。

やがて1998年に誕生したローバー75は、当時テレビでCMが盛んに流れていた。エルガーの「威風堂々」をBGMに「神よ、ローバーを持たざる者を救いたまえ」なるコピーが流れた。ディーラー試乗会の抽選では、汎用カーナビが景品だった。今考えれば、BMWはローバーをなんとか軌道に乗せるべく必死だったのだろう。

 

今や多くのイタリア人は気にしていないものの、ローバーというブランドが存在した痕跡を、発見することがある。こちらの写真は、筆者が住むシエナ市街にある1軒の修理工場である。看板は、かつてローバーの認定サービス工場であったことを静かに物語っている。

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シエナ市街に残る元ローバーの指定サービス工場入り口。2021年12月撮影。

シエナ市街には、ローバーの新車販売店も存在した。当時真隣にあった別の自動車販売店に勤務していた営業マンによれば、「経営者はそれなりの年齢だったので、ローバー破綻を機会に引退したのではないか」と話す。建屋はその後さまざまな用途に使われ、今はタイヤ販売店になっている。

 

もう1軒の元指定サービス工場は、シエナ郊外シナルンガで発見した。こちらは看板のほか、建屋の壁にも垂れ幕が残る。調べてみるとこの工場は1979年創業だから、まさに混乱期のローバーと命運を共にしたことが窺える。

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シエナ郊外シナルンガの元指定サービス工場。2022年10月撮影。


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壁面にもエンブレムの垂れ幕が残っている。


ある青年の思い出

 

いっぽう今日、路上でローバーを見かけることは稀だ。ここに示すのは、2022年4月から11月にかけて筆者が偶然目撃した3台である。

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ローバー25の後期型。まさに経営破たんした2005年のモデルである。

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そのリアスタイル。2022年4月撮影。

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イタリア北部コモに向かうアウトストラーダ上で発見したローバー75。BMWのチャネルを通じて供給されたディーゼルエンジンを搭載した仕様だ。車齢は最低でも17年ということになる。2022年5月撮影。


そうかと思えば先日意外なところで、末期のローバーに出会った。2023年3月、イタリア北部パルマで開催されたヒストリックカー・ショー「アウトモトレトロロ」でのことだ。中古車販売店の屋外ブースに1997年ローバー214を発見した。店主によると、「走行距離たった5万3千キロメートル」が売りだ。こうした低走行距離ヤングタイマー車の多くは、高齢者が退職後、もっぱら街乗り用として乗っていたものという。ドアを開けると敷居にはROVERの文字が刻まれていて、ペイズリー柄のシートも洒落ている。価格は4500ユーロ(約65万円)。隠れローバー・ファンにはお買い得に違いない。

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2023年3月「アウトモトレトロ」会場にて。1997年ローバー214。フィレンツェ「スターカー」社の出張展示だった。

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コンパクトながら、曲線を巧みに用いた上品なデザインである。

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インテリア。イタリアにおける26年ものとしては及第点か。ペイズリー柄のシート地がお洒落。

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傷つきやすいサイドシルも状態が良く、ROVERの文字もきれいだ。

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Cピラーのバッジ。

気がつけば筆者の身近にも、ローバーのオーナーがいた。眼科医カスプリーニ氏である。モデルは75の先代である600である。600は1993年にデビューしたDセグメントのサルーンで、ホンダ「アコード」をベースにしていた。カスプリーニ家の600はモデル最終年である99年登録だった。医師は後年「プジョー407SW」に買い替えるまで600を通勤に使用。その後は、夫人の父親、つまり義理の父に譲ったことで、クルマはさらに生き延びることになった。

その後あの600はどうなったのか? 医師の一人息子で現在スイスの大学で勉強中のラリス君に連絡をとる機会があったので聞いてみた。残念ながら判明したのは、もう600は数年前に廃車にしてしまったということだった。「さすがに機構部分が古くなり、安全性にも問題が生じた」のが理由だ。

しかし、ラリス君にとって、ローバー600は最も思い出深いクルマだという。
「ひとつは子ども時代、祖父が学校まで、ローバー600でいつも迎えに来てくれたので」。もうひとつは、「ボクが運転免許を取得するとき、実技の自主トレーニングのお供を務めてくれたからです」と教えてくれた。

ローバーのクルマや看板は、近い将来イタリアから消えてゆくだろう。だがラリス君の心の中では、おじいちゃんの600は永遠に走り続けるに違いない。

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カスプリーニ家が乗っていた2009年ローバー600。以下3点は2019年撮影。(photo : Fabrizio Casprini)

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ローバー600はホンダ・アコードがベースとしながら、英国でデザインされた。(photo : Fabrizio Casprini)


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ラリス君とローバー600。(photo : Fabrizio Casprini)

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大矢アキオ ロレンツォAkio Lorenzo OYA在イタリアジャーナリスト/コラムニスト/自動車史家。音大でヴァイオリンを専攻。日本の大学院で比較芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。自動車誌...
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