文と写真 大矢アキオ ロレンツォ Akio Lorenzo OYA
「谷隊長」が印刷されたカクテル缶。
2024年2月、シエナ市街のカフェで、TAKESHI’S CASTLEと記された缶を発見した。日本で1986-89年に放映されたテレビ番組「痛快なりゆき番組 風雲!たけし城」で、俳優・谷隼人が演じていた「谷隊長」が表面に印刷されている。どうやら、その店のオリジナル・カクテルを詰めた缶らしい。参考までにイタリアで「たけし城」は、2000年代に入って日本のオリジナル版がたびたび放映されてきた。
その谷隊長は、体当たりゲームに生き残った一般参加者に「よくぞ生き残った。わが精鋭たちよ!」と、毎回声をかけるのが常だった。
イタリアの路上では、ときおり「よくぞ生き残った」と声をかけたくなるクルマたちと遭遇する。今回は、そうした例を紹介したい。筆者のアーカイヴは膨大だが、時事性を増すため2023年以降の撮影に限定した。また、趣味車として立ち位置が確立している「シトロエン2CV」「ルノー4」といったモデルは敢えて除外し、明らかに日常生活の中で使われているクルマを集めた。
■車齢33年のフィアットも
まずはイタリア車から。2023年ローマで、この街伝統の石畳「サンピエトリーニ」の上に佇んでいたのは、2代目「アルファ・ロメオ・スパイダー」だ。ナンバープレートからして2001年登録であるから、撮影時点で22年選手ということになる。
ローマに佇むアルファ・ロメオ・スパイダー。
「クーペ・フィアット」は、のちにBMWに移籍したデザイナー、クリス・バングルによる傑作だ。シエナ歴史的旧市街を囲む市壁付近で2023年に見つけた写真のクルマは1999年登録。24年ものだ。
シエナの市壁をバックにしたクーペ・フィアット。
「ムルティプラ・フィアット」は2000年代初頭、タクシーも含め頻繁に目撃したものだ。いっぽう、今日ではそうした機会がめっきり減った。2023年の霧深い朝、シエナの公園駐車場に佇んでいた前期型は、2002年登録だ。21年以上が経過していることになる。
ムルティプラ・フィアット。リアバンパーにバックセンサーが内蔵されている仕様だ。
「パリオ」は、1996年にフィアット版ワールドカーとして登場。イタリアではブラジル工場製が販売されたが、大きな成功には至らなかった。写真は2000年以前の初期型ゆえ、少なくとも23年は使われているが、状態の良さにオーナーの愛情が感じられる。
フィアット・パリオ。「ウィークエンド」と名付けられたワゴン仕様だ。シエナ旧市街で。
フィアット「ウーノ」5ドアは2023年9月、シエナ県で確認したものだ。1995年までの前期型である。リアバンパー右側に追加されたバルブは、ガスタンクを後付けして、より経済的なLPG/ガス併用車に改造したことを物語っている。
フィアット・ウーノ。1995年までの前期型。28年以上走り続けていることになる。
今回紹介するフィアット車のなかで最古は、2023年1月にシエナ郊外で慌てて撮影した「レガータ・ウィークエンド」である。ハッチバック車「リトモ」の3ボックス版だ。1990年に生産終了しているから、車齢33年以上ということなる。
フィアット・レガータ・ウィークエンド。
アルファ・ロメオ「159」は、新車当時イタリア市場ではドイツ系プレミアム勢の総攻撃を受け、先代である「156」を超えるヒットには繋がらなかった。そうしたこともあり、今日見かけることは極めて稀である。写真は2023年1月、シエナの環状道路を走行していたステーションワゴン仕様だ。
アルファ・ロメオ159スポーツワゴン。気がつけばこれも10年以上前のクルマだが、精悍さは衰えていない。
これも最早珍しい。「ランチア・リブラ」だ。2024年1月、クリスマスの余韻が残るフィレンツェで見つけた。1999年に登場した同車は、アルファ・ロメオ「156」と車台を共用していた。当時イタリアでは、米国の俳優ハリソン・フォードを起用したCMが放映された。2004年登録だから、20年ものである。
フィレンツェ大聖堂を遠くに望むランチア・リブラ。
■こんなモデルも生きてます
イタリア人ユーザーの間でフランス車は、国外ブランドという意識が極めて希薄だ。長年にわたり、国内ブランドのフィアットと価格差があまりないポピュラーカー中心の車種構成だったことが背景にある。
「プジョー106」は2023年1月シエナでの撮影で、今日でも生存を筆者は確認している。1996年以前の前期型ゆえ、28年以上走り続けていることになる。普段の買い物には格好のサイズである。
プジョー106。
本稿を執筆する数日前には、フランスのナンバープレートを付けた初代「シトロエン C5」後期型をアウトストラーダ“太陽の道”で目撃した。SUVでもなく、エクスクルーシヴ・カーでもない最後のハイドラクティヴ付きシトロエンとして、持ち主の満足度は依然高いに違いない。ちなみに我が街シエナにはC5のタクシー仕様が1台残っていたが、最近見かけなくなってしまった。
シトロエンC5。
最後はドイツ車である。2023年夏にシエナで撮影したこれは、「メルセデス・ベンツ・ヴァネオ」だ。トヨタに匹敵するフル・ラインナップ化を目指していたメルセデスが、初代Aクラスの派生型として2001年に投入したものだ。「トヨタ・ヤリス・ヴァーソ(日本名ファンカーゴ)」のメルセデス版を狙ったものの、Aクラスの人気には遠く及ばず、僅か4年後の2005年には後継車なきまま消滅した。ということは、最低18年も走り続けていることになる。
メルセデス・ベンツ・ヴァネオ。
■代替が難しいクルマたち
紹介したクルマのユーザーたちは、ヨーロッパで年々強化される排出ガス規制に伴う自動車税の増額と戦ってきたことになる。一部モデルは、有鉛ガソリン時代のものだ。パーツ入手も、だんだんと心細くなっている。維持の苦労が忍ばれる。
新しいクルマは、より安全になっている。2010年には約51,400人だったEU圏の交通事故死者が、2022年には半分以下の約20,600人にまで減少したのには、対歩行者も含めた車両の安全性向上が貢献しているのは疑う余地はないし、高く評価すべきだ。(データ出典:CARE)
しかし、古いクーペやスパイダーからは、今日選択肢が極めて少ない、そうしたボディ形状を支持する人々が引き続き存在することを証明している。同時に、メーカーが主力車種を基に、魅力的なバリエーションをカタログに載せていた時を伝えている。またシトロエンC5は、天文学的に高価でなくても独特の機構を堪能できた時代の一証人である。全長3.5〜4メートル前後でルーミーな室内をもち、かつそこそこの高速巡航をこなせるシティカーたちもしかり。今日その代替を探すのは容易ではない。生き残っているクルマたちは、人々が求めながらも現行車に無いものを教えてくれているのだ。
2023年夏、シエナのスーパーマーケット駐車場で発見したシトロエンAX。90年モデルイヤーまでの前期型だから、33年以上使われている計算だ。