文 大矢アキオ ロレンツォ Akio Lorenzo OYA
写真 大矢麻里 Mari OYA/Akio Lorenzo OYA
イタリア・シエナのタバコ店の前にたたずむ初代フィアット・パンダ(写真は本文と関係ありません)。
日本では乗用車、とくに高級車の盗難に関するニュースが頻繁に報道されるようになって久しい。今回は、イタリアにおける事情を。
先日、フィレンツェ郊外にあるチェーン系カー用品店「ノルオート」でタイヤ交換をしたときである。毎回楽しみなのは、待ち時間中の店内散策である。
フィレンツェ郊外にあるノルオートのカンピ・ビセンツィオ店。2024年8月撮影。
その店内には、盗難防止グッズのコーナーも設けられている。イタリアでは物理的にブロックしてしまう方式が今も健在だ。思えば、筆者自身も車両盗難未遂を経験したことから、ペダルロックを使用していた時期があった。もらい物の中古だから文句は言えないのだが、地味な灰色であった。盗っ人が車内に乗り込んでから装置に気づく確率が高いわけで、それ以前にドアの鍵を壊されてしまう確率が高くて不安だった。ノルオートの店頭に並んでいるような鮮やかな色なら、ウィンドウの外から見て、「だめだこりゃ」と最初から諦めてもらえる確率が高い。さらに他のノルオートのオリジナル商品同様、スタイリッシュなのが好ましい。
以下ノルオートのオリジナル商品から。ホイールロックは17インチ・幅215mmまで対応可能で、34.95ユーロ(約5680円)
ステアリングロック。手前の黒い半円筒形部分をハンドル上端に、黄色いバー部分をダッシュボードの上端に掛けて鍵で固定する。29.95ユーロ(約4800円)
ステアリング+ペダルの同時ロック。24.95〜39.95ユーロ(約4000〜6500円)
バンの両開き式テールゲートに追加・後付けするロック。34.95ユーロ(約5600円)。
■ドイツ人がビビる理由
イタリア内務省などの統計によると、2023年のイタリア国内車両盗難件数は13万1679台である。日本では統計の方法が若干異なり、また乗用車のみの数字だが、5736件(データ出典:警察省)にとどまるのを考えると、イタリアでクルマ盗難がいかに多いかがわかる。
さらにイタリアでは2022年と比べて、その件数は7%増だ。乗用車に限定すると11%も増加している。発見率は44%。つまり半分以下しか見つからない。
観光シーズン真っ只中である2024年8月のこと。シエナ県のとある公共駐車場で、ドイツのナンバープレートが付いたフォルクスワーゲン・マルチバンT7を発見した。後輪を見ると、鮮やかな色のホイールロックがはまっていた。
イタリアでフォルクスワーゲンのマルチバンは後述する車種別盗難件数でトップ10に無い。そもそもワンボックス自体がイタリアの車両盗難の世界では“不人気車”である。したがって「そこまで慎重にならなくても良いのに」と思った。ついでに「装着したのを忘れて発進してしまったりしなければ良いが」と余計な心配までしてしまった。
しかし別の統計を見て納得した。欧州統計局(ユーロスタット)による2021年の自動車盗難件数である。1位はフランスの12万2700件、2位がイタリアの11万0171件だ。ドイツはそれに次ぐ3位だが3万9172件に過ぎない。すなわちイタリアでは、彼らの国の2.8倍も自動車盗難が発生しているのである。おそらくこうした数字を知って、VWマルチバンのオーナーはビビったのだろう、と想像した。
ドイツからやってきた観光客のフォルクスワーゲン・マルチバンT7。左後車輪には、ホイールロックが噛まされている。
■ボコボコだって、気にしないわ
イタリアにおける2023年の車種別盗難台数は以下のとおりだ。
1. フィアット・パンダ 12,571
2. フィアット500 5,889
3. フィアット・プント 4,604
4. ランチア・イプシロン 4,472
盗まれる台数の多いモデルは、いずれも過去約二十年にイタリアで販売上位の常連である。セグメントでいうとAもしくはBの小型車だ。さらにいえば、およそ10台に1台はフィアット・パンダということになる。
初代ランチア・イプシロン。2024年8月、シエナで撮影。
日本における乗用車の車種別盗難ランキングでは1位アルファード、2位ランドクルーザー、3位プリウス、4位レクサスLXと高級車が目立つ。オフローダーが入っているのは、日本車の信頼性・耐久性が、悪路が多い海外市場で評価されているためとみられている。
対してイタリアでSUV/クロスオーバーは、トップ10圏外だ。その上位を見ても、フィアット500X(1997台)、ジープ・レネゲード(1653台)、プジョー3008(778台)と、前述の小型車より明らかに少ない。
イタリアで小型車に盗難が集中しているのは、以下の理由が考えられる。第一は「盗みやすさ」である。特に初代パンダなど古いモデルは、高度な盗難防止デバイスを備えていない。
第二には「パーツ需要」だ。個人間売買サイトを含めインターネット上には、おびただしい数のパンダやランチア・イプシロン用中古部品が格安で掲載されている。けっしてそれらすべてが盗品であるとは言わないが、それだけ需要があるということだ。解体すればそれなりの闇ビジネスができる可能性が高いのである。
捨てられたパンダがあると、たちまちさまざまな部品を持ち去られてゆくことからも、高いパーツ需要が想像できる。(写真は本文と関係ありません)
第3は、他の犯罪への使用しやすさである。レンタカー会社で借りる際も、高級車のような特別な手続きは要らない。実行中にも他車種に比べて目立ちにくい。
それを証明するような事件が、2024年夏ローマで連続発生した。地元紙「ローマ・トゥデイ」によると8月21日早朝、窃盗団はチェーン系家電量販店のシャッターに3代目フィアット・パンダをバックでぶつけて破壊。店内に侵入した。パンダは盗難車で、別の場所に乗り捨てられていたところを警察によって発見されたという。その直前には、同様に日本料理レストランにパンダで乗りつけて侵入を試みた一団がいたが、こちらは店員がいたため未遂に終わっている。
さらに8月31日から9月1日の深夜には、同様に盗んだ3代目パンダを後退させてシャッターを破壊する手口で、食料品店が荒らされている。警察は一連の事件の関連性を調べている。
たしかに、現代イタリアの一風景のようなパンダである。たとえ犯行予定現場の下見をしていても怪しむ人は皆無に近いだろう。ついでにいえば車体がボコボコになっても使われているパンダもけっして珍しくない。
国際ニュースの映像では、日系ブランド製ピックアップトラックが、国際機関と反政府組織の双方で使われているのを目にする。同様にパンダも人気ナンバーワンかつ、丈夫なクルマ
ゆえの光と影がある。
右から3代目✕3台、初代✕1台のパンダづくし。こうした光景はイタリアでは珍しくない。(写真は本文と関係ありません)