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 イタリア自動車雑貨店公認ログ

太田氏が書くエッセイ「FromItaly」のログをこちらに残して行きます。

お楽しみに!
witten by イタリア自動車雑貨店
世界中
うんうんする
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  アイスクリーム屋でバニラだけを持ち帰りで750グラム。溶けちゃうから早く家に帰らなくちゃ。店を出ると制服姿の男が近づいて来て、藪から棒に言った。「今買ったもの、レシートはあるか?」財務警察官だった。いわゆる普通の警察官とは違って、イタリアでは主に経済関連の犯罪を担当する。制服もパトカーも普通の警察のものとは違う。何年か前に一度、クルマを止められ、積んでいた荷物をすべて路上に広げられて検閲を受けたことがある。密輸だの薬物だのに関連して、外国人に対してはことさら厳しい。でも今日はアイスクリームだ。ポケットにも怪しいものはニエンテだ。
 
 750グラムのバニラと一緒にさっき手提げ袋に入れられたレシートを財務警察官に見せた。13.90ユーロ。彼はレシートにさっと目を走らせて「オーケー」と言って、ゆっくりと僕から離れていった。やれやれである。これが2012年のイタリアの生の現実だ。アイスクリーム屋の客がレシートを持っているかどうかをチェックするのは、巨額の赤字財政に苦しむ政府が、商店主による脱税に網を掛けようとする国家政策の最前線なのだ。もしあのアイスクリーム屋の親父がレシートを出していなかったなら、翌日には財務警察の抜き打ち調査を受ける。売上除外、それによる脱税。イタリア政府、税収欲しさに総動員態勢である。
 
 この前、ナポリで財務警察による一斉調査があったんだよ。知り合いのベッペさんは何か愉快なことでも話すような口調で言った。そしたらね、調査した店の90%がきちんとレジを打ってない。まったくフィレンツェから南なんてロクなもんじゃないよ。そう言って笑っていた。僕も笑った。僕は既にこんな話を聞いて心底驚くような柔らかな心根を失っている。イタリアなんていい加減の集合体だとさえ思っている。1ユーロが170円を超えてイタリア人が妙に自信満々だった数年前でさえ、こんなテキトーな国の通貨の前に日本円がひれ伏している状況がどうしても納得いかなかった。北イタリアの人々は、南イタリアなんてアフリカと一緒になれと極論を言い放っているけれど、それじゃあアフリカ大陸の国々に失礼というもんだろう。僕の実感としては北も南も五十歩百歩である。レシートチェックはヨーロッパの先進国と言われる国の一つで、今実際に行われている施策なのだ。
 
 こういうことを言い始めると必ず出てくるのは、民族だの文化だの宗教だの、そういう共同体としてのドラスティックな差異にすべてまとめて収斂する論調である。確かにラテン民族とはそういうものだと言ってしまえばそれでなんとなく納得してしまう。だけど、はたしてそうだろうか。僕はそれ以上に「教育」の力が大きいと、ここトリノでの日常生活の折々に感じている。彼らが並ばないのは何故か、落とした財布がまず100%戻ってこないのは何故か、狭い歩道で横いっぱいに広がっておしゃべりに興じているのは何故か、犬の糞と紙くずがそこかしこに点在する街の風景は何故か、雪の日に家の周りの道路の雪かきを誰一人としてやらないのは何故か。大義名分としての耳ざわりの良いヒューマニズムに寄りかかっているのは、ちょっと乱暴かもしれないけど、自分さえ良ければいいという醜悪な無数の個人主義である。その個人主義が今日も陽気に笑っている。
 
 教育は学校だけの問題ではない。子供の頃、母親からうんざりするほど言われたものだ。明日着るものを枕元に置け。食事の前に手を洗え。外から帰って来たら風呂場で足を洗え、と。ここトリノでの生活で、イタリア人の知り合いが食事の前に手を洗っているのを見たことがない。家でもレストランでも見たことがない。ウェットティッシュも見たことがない。箸を使うわけでもなく、手でじかにパンをつかんで食べるのに。こういうのはラテン民族云々とは全く関係がないだろう。教育とか躾とかそういう座標軸での話だ。収入を正直に申告する背景には、納税が国民の義務だというお題目の前に、正直であるということの尊さを説く教育が不可欠だ。僕はそう思うけど、これは一片の綺麗事に過ぎないだろうか。
 
 イタリア自動車雑貨店の開店前から数えて、イタリアという国と関わりを持って18年になる。何のツテもなく、一人の知り合いもなくやって来た一人の日本人を、イタリアの人々はほんとうに良くしてくれた。イタリア自動車雑貨店を盛りたててくれたのは、まぎれもなくトリノやマラネッロの人々である。日本で同種の店がフォロワーとしてイタ雑を追ってきても、僕らだけのイタリアがイタ雑の背後にあることをささやかな誇りとして、ランニングシューズのストラップをギュッと締め直してきた。イタリア自動車雑貨店は常にイタリアにいた。でも、と僕は今思うのだ。苦境に喘ぎ、シーンと静まり返ったピニンファリーナの社屋の前に立ち、でも、と僕は思うのだ。このままでいいのか、イタリア。当たり前のことを愚直に練り直して進んできたVWの足音が、その確かな一歩一歩の足取りが、もう間近に聞こえてくるよ。
 
イタリア自動車雑貨店 太田一義


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