文と写真 大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
2台並んだマイクロカー。夕刻ゆえ、旧市街に散歩にやってきたお年寄りのクルマだろう。2021年5月、シエナにて撮影。
バイクショップで買える軽便車
日本ではトヨタ車体の超小型EV「コムス」を大都市で見かけるようになって久しい。
ヨーロッパでは2012年にデビューしたルノーの「トゥイジー」がそれに該当するといえる。
2020年にシトロエンがリリースした「アミ」もしかりである。
こうしたクルマは欧州で「マイクロカー」という、内燃機関車としてすでに存在していたカテゴリーに分類される。街乗り用の超小型車だ。今回はそのワンダフルな世界について紹介しよう。
起源のひとつとして挙げられるのは第二次世界大戦後の軽便車である。古いクルマに詳しい読者ならご存知の「イセッタ」「メッサーシュミットKR200」などがそれに該当する。
それらは「シトロエン2CV」「フォルクスワーゲン・ビートル」といった、大手自動車メーカーの高性能な大衆車にその座を奪われた。
だが、1960年代に入っても各国の、よりローカルな企業によって開発と発売が行われてきた。
フランスやイタリアでは長年、運転免許さえ不要だったことから、無免許で運転できるクルマを示す「ヴォワテュール・サン・ペルミ」もしくは「ヴェットゥーラ・センツァ・パテンテ」という通称で呼ばれるようになった。
2005年5月、シエナにて撮影。まだこの頃は、3輪のマイクロカーも見かけた。これはカザリーニ(イタリア)の「サルキー」というモデル。
三菱重工製2気筒ディーゼルを搭載したカザリーニ製マイクロカー「イデア」。フロントフェンダーには小さいながらもMotore Mitsubishiの文字が誇らしげに記されていた。2008年撮影。
1992年には欧州連合(EU)によって、マイクロカーの共通規格が定められた。
年を追って修正が行われてきたが、よりシンプルな「軽量型」の一部を記すと、以下のようになる。
排気量
火花点火内燃機関(ガソリンエンジンなど)が50cc以下
その他の機関(ディーゼルエンジン、EVなど)は最高出力6kW(約8.2PS)以下
最高速度 45km/h以下
今日、大半のマイクロカーのエンジンは、500cc級の汎用ディーゼルエンジンを使用している。
また、もうひとつ上の「重量型」といわれる最大出力15kWのマイクロカーも存在する。
マイクロカーの使われ方は、1990年代中盤にイタリアにやってきた筆者が覚えているだけでも変化した。
もともとは視力・聴力などで普通免許の更新が難しくなったお年寄りが、街乗り用に買い求めるのが大半だった。
そして今日でも同じだが、販売代理店はスクーター大国イタリアで誰もがアクセスしやすいバイクショップが兼ねていた。
量産効果が上がらないため、新車だと日本円にして常に100万円以上と、普通の小型車並みの価格でも売れる理由はそのあたりにあった。そうした店では、価格がこなれて30万円程度の中古車もたくさん扱っていた。
さらに、かつてパリで専門店を取材した際セールスパーソンから聞いた話によると、無免許で運転できるため、運悪く普通運転免許が停止になってしまったときの代替の足としても需要があった。レンタル制度も充実していたのは、その証だった。
ただし2000年代に入り、各国の道交法改正によって、いわゆる軽量型マイクロカーでも原付免許が最低限必要になってからは、そうした需要は減っていった。
代わりにメーカーが需要の掘り起こしを図ったのは、14歳から乗れることを背景にした若者需要であった。
マイクロカー・ブランドにとって晴れ舞台のひとつであったパリ・モーターショーでは、若者を意識したモデルが次々と展示されるようになった。
メーカーによっては「これは最近のルノー風です」「スマート・フォーツーを意識しました」などと、堂々とデザインの参照元を教えてくれたのが痛快だった。
いっぽう今日イタリアにおいては、気がつけば保険、自動車税ともに金額は一般車に限りなく近くなってしまった。それでも自治体によっては2輪用公共駐車場の使用が許されているため、パーキング争奪戦が激しいイタリアで、マイクロカーは便利だ。さらにこれまた2輪同様、一般車では禁止されている歴史的旧市街への進入もOKである街が多いことにより、マイクロカーは一部の市民から絶大な支持を得ているのである。
マイクロカーは2輪用駐車場を使用してもOK。
ただし、うっかりしているとスクーターたちに包囲されてしまうこともある。
幻の力作も
若干以前のデータになるが、ヨーロッパには32万台ものマイクロカーが普及している。1位はフランスの14万台、2位はイタリアの8万台、そして3位はスペインの3万8千台だ。イタリアの業界団体に登録されている内燃機関のマイクロカーを製造するメーカーは「リジェ」「カザリーニ」など伊仏5社とエンジン生産業者「ロンバルディーニ」の1社である。業界はヨーロッパで2万人の雇用を創出しているという(データ出典: ANCMA 2010年)
エクサム(フランス)の「ミニオト」。道路運送車両法上は原付き2輪に準ずる扱いなので、前部にナンバーは不要である。
そうしたマイクロカーには、絶版になってしまったものの、面白いモデルもあった。
ひとつは「タウンライフ」で、これはランボルギーニ創業者の長男トニーノ・ランボルギーニ氏が2000年代初頭にプロデュースしたものだった。バージョンには父の名である「フェルッチョ」や自身の娘の名前である「ジネヴラ」が冠せられていた。
「ランボルギーニ・カウンタック」のようなシザーズ・ドアを備えたマイクロカーも造られた。筆者が住むシエナ県のキャンピングカー会社が開発したものだった。2007年に工場取材に行くと、かつてフェラーリおよびランボルギーニの車体試作部門で働いていた職人さんもいた。
扉は見た目のインパクトよりも、狭い場所での乗降性を考えたものであると説明を受けた。
いっぽうフランスの「リジェ」社による「ビーアップ」のデザインに関与したのは、惜しくも2021年3月末にこの世を去ったシトロエンSMやCXのデザイナー、ロベール・オプロンである。前述のように高齢者の乗り物であったマイクロカーのイメージを、小粋なピープルズムーバーに変えようとした挑戦的なモデルであった。
これらはいずれももはや新車で入手不可能だが、心意気は評価したい。
最後にマイクロカーといえば、我が家の近所を毎朝通り過ぎる1台がある。年中無休で通過し、しばらくすると戻ってくる。
やがて判明したその持ち主は、菓子店であるということだった。
マイクロカーが辿る道の先にあるのは事実上ホテル1軒だ。毎朝そこまで朝食用に納品に行っているのに違いない。
マイクロカーのロンバルディーニ製汎用2気筒505ccディーゼルエンジンは車体の振動も伴って、かなりの轟音となる。それが住宅街に響き渡るわたるものだから、筆者はつい起きてしまう。
それでも通過するのは毎朝6時であることに気がついてからは、最強の目覚まし時計としてポジティヴに捉えることにした筆者である。
これは、すでに消滅してしまったイタリアのメーカー「グレカヴ」によるマイクロカー「エケ」。