気候変動対策を協議する国連の会議COP26において、「全世界で2040年までに(主要市場では2035年までに)、販売される新車を全て電気自動車など『排出ゼロ車』にすることを目指すとの宣言(法的拘束力はありません)に、24か国や複数の自動車メーカー(GMやベンツ等)が署名した、と報じられています。
イギリスやスウェーデンなど北欧諸国が署名する一方で、日本・アメリカ・ドイツ・中国・韓国などの主要な自動車生産国は署名しませんでした。
「この宣言に署名しないことは、CO2削減に消極的」だというニュアンスで捉えられがちですが、実際はむしろ逆に「CO2炭素削減に真剣だからこそ、署名できない」という側面があると思います。
なぜなら「場合によっては、電気自動車(EV)はCO2を増加させる」からです。
もう少し詳しくご説明しますと・・・
EVへの全面的な移行を予定しているボルボ社が発表した、ガソリン車とEVの
LCAの比較資料です。
※
LCA:Life Cycle Assessmentとは、自動車のライフサイクルの各段階(原料調達・製造・使用・リサイクル・廃棄)における環境影響(主にCO2排出量)の評価です。
※ 昨今のEVが使用しているリチウムイオン電池は、その製造時に多くの電力を必要とすることから、多くのCO2を発生します。
製造条件や電池の容量によって異なりますが、EVは内燃機関車(ガソリンやディーゼルやハイブリッド車)の約1.5~2倍程のCO2を製造時に発生すると試算されることが多いようです。
そして、走らせるために用いる電気をどのように発電するかによって大きく異なってきますが、
・全てを風力発電で補った場合:4万9000千km
・欧州平均の電力構成の場合:7万7000km (欧州は再生可能エネルギー比率が高めです)
・世界平均の電力構成の場合:11万km
ほど走ったところで、ガソリン車とEVが発生したCO2が等しくなる(損益分岐点)、というグラフです。
※ 日本の電力構成は火力発電の比率が高く、
世界平均の電力構成にほぼ等しいです。
EVが、廃車までに「損益分岐点」より長くの距離を走れば「CO2削減に貢献する」ものの、それより短ければ「むしろCO2を増加させてしまう」と考えられます。
※ 日本で使用されている自動車が廃車になるまでの走行距離の平均は11~12万kmだと言われていますが、つまり
日本のおよそ半分の車はこの「損益分岐点」まで達しないと推測されます。
※ 上記資料は、なぜかXC40(SUV)ガソリン版とC40(クーペSUV)EV版との比較になっているものの、ボルボ社は
XC40のガソリン版とEV版の比較資料も発表しています。
それによると、両車の損益分岐点は
世界平均の電力構成の場合14.6万kmと、EVにとってさらに厳しい結果となっています。
VW社からは、
ゴルフのディーゼル版とEV版のLCAを比較した資料も発表されています。
ディーゼル車とEVの20万km走行時点でのCO2排出量を比較すると、「風力のみ」や「欧州平均」ではEVの方が少ないものの、ドイツやアメリカでほぼ同等、中国ではむしろEVの方が多いというグラフになっています。
つまりこのLCA評価の場合、
ドイツやアメリカは20万kmが損益分岐点で、EVを選択するならそれ以上走るような用途でないと削減に繋がらない、ということです...!
しかもこのLCA評価にはリサイクル/廃棄に発生するCO2が含まれていませんが、「EVの生産から廃棄までのライフサイクルで最もCO
2が発生するのが、劣化した電池を燃やして希少金属を取り出すリサイクルの段階」という
記事もあります。
※ リチウムイオン電池は発火の危険があり、電解液に有害物質が多く含まれることから、放置せずに産業廃棄物として然るべき処分をする必要があります。
上記の試算から、
「一定の割合(国によっては半分に近い程)の自動車が、EVに置き換えるとかえってCO2が増加してしまう」と推測できると思います。
しかもEVは、
航続距離や価格などの根本的な解決が難しい問題も抱えています。
需要の急増により、今年に入って炭酸リチウムやコバルトなどの
資源価格が高騰していましたが、その影響から最終製品である
リチウムイオンバッテリーの価格も上昇傾向にあるようです。
利便性・経済性の点で、EVは内燃機関車とは明らかな違いがあります。
BMWの開発責任者であるフランク・ウェーバー氏は『
BMWがエンジン車から早々に撤退して、結果的に人々に電気自動車の購入を強要することを望んでいません。』と
今年9月のインタビューで答えました。
(今年3月の年次総会では、BMW社長のオリバー・ツィプセ氏は『 世界の多くの市場で自動車を販売しているため、1つの技術に依存するには早すぎます。電動化を進めていくのは間違いありませんが、
エンジンにも未来はあります。』と述べています。)
性急なEV化を掲げるメルセデス等のメーカーに対し、BMWの戦略は合理的で、ユーザー視点に立っていると思います!
話は最初に戻りまして・・・
「COP26にて、全世界で2040年までに販売される新車を全て電気自動車など『排出ゼロ車』にすることを目指すとの宣言に24か国が署名したものの、日本・アメリカ・ドイツ・中国・韓国などの主要な自動車生産国は署名しなかった」とのことですが、それを例えるなら・・・
飲食店のお客が「全ての料理を、安くて美味しくて、いくら食べても太らないようにして!」といくら言ったところで、店のシェフが「そんな無理難題を押し付けられても、できないものはできない」と困っているようなものだと思います。
シェフは「そんなわがままを言うなら自分でヘルシー料理を作るか、むしろ食事を抜けば太りようがないだろうが、その腕も覚悟もないくせに...」とも思っているかもしれません。
※ ちなみにその「いくら食べても太らない料理」は、調理の過程で料理人が太ってしまったり、食材が高騰しつつあったり、生ごみが有害で普通に捨てられなかったりと、色々な問題もあるようです。
BMWは、美味しくて体にも優しい料理を、今後もバリエーション豊かに揃えてくれると思います! G.Sekido